対談 岩瀬大輔×坪田知己〔後編〕
前編はこちらをご覧ください。
岩瀬大輔ライフネット生命保険株式会社代表取締役副社長 1976年埼玉県生まれ。東京大学法学部を卒業。ボストン・コンサルティング・グループ、リップル・ウッドなどを経て、2004年にハーバード・ビジネス・スクールへ留学。日本人としては4人目の「ベイカー・スカラー(上位5%の優等生)」を獲得し、ライフネット生命の創業に関わる。著書に「生命保険のからくり」(文春新書)など。
岩瀬 どんなに出版社が頑張っても、大きな流れには抵抗できません。今回、「生命保険のカラクリ」をネット上で無料公開することについては、出版社の方は複雑な思いを抱えているようでした。しかし、これは「いい・悪い」ではなくて、「いつ・どのタイミング」でやるかというだけのことではないかとお話をしました。
とはいえ、やってみてどのような反響があるのか、どんな流れになるかはまだ判りません。ほかの著者の方々もそうしたら、新書全体、ビジネス書全体、またはフィクション全体がどうなるのかもわかりません。坪田さんは、書籍、出版の将来についてどうお考えですか。
新しいビジネスモデルのヒントは
すでにある
坪田 今は、アテンション・エコノミーの時代なんです。全体の中からどう注目されるかが大事です。かつて、田舎道しかなかった時代は多少不便でもみんながそこを通ったでしょう。しかし、100車線もあるようなバイパスが近くにできているのに、古い田舎道を大事にしようと固執しているのが、今の出版社であって新聞社です。
しかし今はもう、バイパスが開通しているんですから、新しいビジネスを考えなくてはいけません。
岩瀬 新しいビジネスモデルが必要ですね。
坪田 その新しいビジネスのヒントはすでにあります。たとえば今日、私は岩瀬さんにお目にかかって、岩瀬さんがどんな方なのかがよくわかった。その岩瀬さんから「この本は面白いですよ」と勧められたら、読みます。実は私は、ミクシィやメールで勧められた本を読むことがとても増えています。
坪田知己慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別研究教授 1949年岡山市生まれ。東京教育大学文学部哲学科卒業後、72年日本経済新聞社入社。経済部記者、日経BP社「日経コンピュータ」副編集長などを経て、2005年、新聞業界では初めてのメディアビジネスの総合的な研究を行う「日経メディアラボ」発足に伴い、初代所長に就任。著書に『2030年 メディアのかたち』(講談社刊)など
かつては新聞の書評欄で面白そうな本を探していましたが、今はネット経由で勧められて読む本が、全体の半分くらいを占めています。「この人の今回の本は前回のあれより面白かった」と比較をしたり、「具体的にここが良かった」と抜き書きをしてまで教えてくれる人がいるんですね。
岩瀬 それは、おいしいお店を探すときに感じます。匿名の人が投票しているレストラン評価サイトを見るより、信頼する人に教えてもらった方がいいですからね。本で言えば、書評ブロガーに献本が集中するのも同じことなのかも知れませんね。
坪田 そうです。しかし、例えば書評をするにしても、引用のための抜き書きを、その人がする必要はあるでしょうか。どこかにアーカイブがあれば、リンクを張って飛べるようにしておけばいいわけです。アーカイブの重要性は、ニュースにおいても感じています。私が長年勤めた新聞社などが扱うニュースは、できるだけ早く伝えることが大前提です。そしてそれを、ネット上でも朝夕刊のように、アーカイブ的にまとめるというのがこれからのひとつの姿だと思います。
新聞の「フリー化」はどうなる?
岩瀬 そこで気になるのが、ニュースはどうやってアテンションをとっていくのかということです。これはテレビでも同じかも知れませんが、一部のサイトでは、センセーショナルな見出しをつけて、ジャーナリスティック的見地からは価値のない、面白いだけの情報でアテンションを奪おうとしています。
あまりそっちへ走ると、顧客がニュースに求めているものと一致しなくなるのではないでしょうか。今、視聴者は、お金と時間をかけてコンテンツを作るNHKを見直しているとも聞きます。新聞社としては、どうやってネットでのアテンションを獲得していくのがいいでしょうか。
坪田 第三者に、ニュースを評価してもらえばいいと思います。ニュースを評価してくれる人たちを募って「この記事はよく書けていた」「これは取材不足」というような、評価記事を書いてもらうのです。もちろん、原稿料を支払います。大事なのは、それをするのが第三者だということです。
だいぶ昔の話になりますが、パソコンの購入で迷ったことがあります。NECのPC-9800シリーズと、富士通のFM-8シリーズとです。どちらも16ビットパソコンなので、80年代前半の話です。仕様だけを比べると、FM-8の方が良かった。でも、そのパソコンで動くソフトを作る第三者、サードパーティが多かったのは、PC-9800でした。だから私はそちらを買いましたし、市場もNECが席巻しました。
「サードパーティ」を育てる。これが大切なのは、有料だけでなく、フリーの世界でも同じです。お金は払いますが、第三者という中立な評価者に盛り上げてもらうことで、一緒に育っていくのです。
かつてソニーの製品には、発売されたらすぐに買って盛り上げる顧客が3000人はいると言われていました。こういったコアユーザーを大事にしていかないと、育つものも育ちません。
岩瀬 新聞のフリー化についてひとつ伺いたいことがあります。欧米の新聞と日本の新聞を比べると、欧米の新聞は、掲載される記事の本数が少ない代わりに長いものが多い。逆に日本の新聞は、短い記事の数が多い。ウェブで公開するとなると、紙面の制約がないぶん、読み応えのある長いものを求める読者も多いと思います。短いままでは、読まれないのではないでしょうか。
坪田 そうですね。ですから、長い詳しい記事を書いたら、冒頭のパラグラフ二つくらいは無料にし、その後は有料というのが私はいいと思っています。累進課税ではありませんが、課金は、できるところにしたらいいのです。誰でも使えるスタンダードルームは安く、奥座敷は高いけれど内容もばっちりという風に分けます。
特に私のいた日本経済新聞には、「1万円払ってでもいいから読みたい」と言ってくださる方がいました。ならば、必須の情報だと思ってくださる方には分厚く提供し、その分お支払いいただけばいい。
これまで新聞というのは、BtoBのビジネスだったんです。新聞社の顧客は販売店。販売店がどういう顧客に配達して売っているかは判っていませんでした。こんないい加減なビジネスはないわけです。そして、一年間購読してくれれば半額とか、いろいろな景品を差し上げますとか、いわば浮気なお客にばかり優しかった。
その一方で、ロングユーザーのことは優待しないできました。しかし、こんなビジネスはありません。携帯電話の料金だって、長く使えば安くなるではないですか。まだまだ、これまでの常識だと思っていたことで見直すべき点は多いのです。
未来を予測する最善の方法
岩瀬 実は私がこの会社を始めたとき、IT業界の方から「保険料ってタダにできないの」と言われたんです。まさに「フリー」ですよ。法律上も様々な制約があるので、「なんてことを言うんだ」とそのときは思ったのですが、よく考えてみれば、そうおかしな話でもないのかなと思うようになってきました。
坪田 法的な縛りを別にすれば、リスクを平準化するシステムを作れれば、それも可能でしょう。そのリスクを償却する方法をどう見つけるかにかかっているでしょうね。もうひとつ考えられるとすれば、保険料は無料でも、それ以外のところで会社が儲かるというビジネスのバリエーションを揃えることでしょう。
例えば新書の価格は800円前後のものが多いのですが、他で儲けるから500円というものがあってもいいし、他の部分での投資も回収したいから1500円というものもあっていいと思うのです。
岩瀬 たとえば生命保険でも、これまで日本の生命保険は家族向けの商品が多かった。だから遺族のために死亡保障など重視していました。今度、私のところで売り出した商品は、働く人、自分のための保険なんです。生命保険のような歴史ある市場でも、まだまだ新しい商品、需要の開拓余地はあります。
坪田 今の日本の出版社は、黒船がやってきたときの江戸城の老中のように「どうしよう、どうしよう」と言っているだけ。その15年後に武士階級そのものがなくなることに思いが至らなかったんです。
ただ、私は評論家になるつもりはないのです。今の出版ビジネスをひっくり返す仕組みを作るつもりでいて、一緒にやってくれる人や出版社がいないか探しているところです。 人間は、それまで自分がいた世界の常識こそが常識と思っています。しかしそれは、いつか必ず非常識になります。新しい常識は、作らないとならないんですね。パソコンの父と言われているアラン・ケイは「未来を予測する最善の方法は、未来を発明してしまうことである」と言っています。これからの常識も、これから作っていくものです。
岩瀬 そうおっしゃっていただくと心強いです。新聞業界と生命保険業界は、実は似ていて、同じ問題を抱えています。それは、ほとんどの販売店やセールスパーソンが、一社専業であることです。
こういった非効率的な部分も含めて、私たちは、生命保険の仕組みがおかしいと思ったので、保険料半額をかかげて、業界に殴り込みをかけました。小さな会社ですが、池に投じられた小さな石のように、波紋を広げて行ければいいと思っています。
坪田 その通りです。シスコシステムズという通信の大手企業のCEOが幹部を集めて、こんな質問をしたことがあるそうです。「われわれの敵は誰か」。幹部たちは「IBM」とか「マイクロソフト」と答えるのですが、そうではない、と。「本当の敵は、ここにいる誰もが知らない小さな会社だ」とCEOは答えるのです。
もはやよく知っている大企業は敵ではないということですね。大きくなってしまった企業は意思決定が遅くなって、つぶれていくだけ。平家物語にあるように「たけき者も遂には滅びぬ」です。
トヨタ、GM、かつてのカネボウ、みんなそうです。その点、小さな会社こそ、これから大きくなっていくしかありませんから、小さなことはいいことです。どんな英雄だって、みんな赤ちゃんだったわけですから。
岩瀬 ありがとうございます。その言葉を励みに頑張っていきます。
坪田 私も新しい時代のメディアの行く先を見るために、まだまだ頑張りますよ。




