週刊現代賢者の知恵

2010年03月03日(水) 週刊現代

夫に早く死んでほしい妻たち
「あなたの存在自体がストレスなのよ!」

「定年後は一緒に旅行」なんて虫酸が走る、 同じ墓に入るなどもってのほか――
「愛されたい夫」の勝手な思い込みが悲劇を生む。
悲しいけれど、これが現実

 定年を3年後に控えた、準大手メーカー勤務の大塚洋二氏(57歳・仮名)は、ある日突然妻から「あなたに死んでほしいと思っている」と打ち明けられたときの驚きについて、こう語る。

「定年を目前に、退職後の人生について考え始めました。これまで家庭を顧みず働き続けてきたので、退職したら二人で温泉旅行をしたり、妻が没頭している社交ダンスに一緒に参加したり、妻と一緒に過ごす時間を大切にしようと考えていました」

 なんと妻想いな旦那だろうと称賛したいところだが、この男性が率直に妻に自分の気持ちを打ち明け、「定年後はお前の幸せを優先したい」と言った瞬間、妻の怒りが突然爆発したという。

「『なにをいまさら"お前の幸せ"よ! 私のこれまでの人生はあなたにむちゃくちゃにされてきたのよ!本当に私の幸せを思うなら、いますぐ死んでくれたほうが私にとっては幸せよ!』と、鬱積した不満を一気に放出させるかのように私を罵(ののし)り始めました。私は閉口するしかありませんでした」

 定年間近の夫に襲い掛かった思わぬ危機―これは決して他人事ではない。

「夫に死んでほしいと思っている妻が増えている」

―'09年12月5日号の本誌でこんな記事を掲載したところ、多くの反響が編集部に寄せられた。

 この記事は、インターネットの検索エンジンで「夫」という言葉を入力すると、関連ワードに「死んでほしい」や「嫌い」といったおぞましい言葉が表示されるという現象を取り上げたものであったが、本誌の取材に応じてくれた既婚女性の多くが「実際、夫に死んでほしいと思ったことがある」と答えたことに衝撃を受けた読者の方も少なくなかったようだ。

 一方で「自分の妻がそんなことを考えているとは思えない」という声も聞こえてきた。

 たしかに、夫に死んでほしいと思っている妻がどのぐらい存在するかを示す統計データのようなものは存在しない。しかし、政府が実施したある調査は、本当に妻に殺されそうになった夫が、少なからず存在することを示唆している。

妻に火をつけられた

 内閣府男女共同参画局の平成21年公表の調査によると、これまでに配偶者から「身体に対する暴行」「精神的な嫌がらせや恐怖を感じるような脅迫」「性的な行為の強要」のいずれかを受けたことがあると答えた男性は全体(1077名)の約17.8%で、約5人に一人。そのなかで、命の危険を感じたことがあると答えた男性は4.7%にのぼっている。

 1000人の男性のうち、約10人が妻に「殺されそうになった」経験をもつという結果を、少ないとみるか、多いとみるかは意見が分かれよう。しかし、少なくとも家族問題の専門家らは、近年の夫婦関係の変化を感じ取っている。

 離婚カウンセラーの香山実央氏のもとには、多くの夫婦から夫婦生活の悩みについての相談が持ちかけられるが、そのなかには「夫に死んでほしいと思っている」あるいは「妻が私に『死んでほしい』と思っている」といったような悩みも少なくないという。

「子どもがある程度成長して、いろいろと考える時間ができるようになると、夫に対する不満を蓄積してきた女性が『私の人生ってなんなんだろう』と考え込むなかで、夫に『死んでほしい』と思い始めることが多いようです」(香山氏)

 香山氏のもとに寄せられた、ある男性からの相談事例を紹介しよう。

 IT企業に勤める40代半ばのサラリーマンの夫と、5歳年下の妻、それに今年小学校に入学する娘の3人暮らしの家庭。数年前から夫の会社が急成長を遂げ、夫は若くして取締役に抜擢され、給料は跳ね上がった。

 しかしその分、夫の仕事は忙しくなり、家に帰るのも毎日午前様。休日も接待ゴルフで家を空けることがほとんどで、妻に『家族でゆっくり旅行に出かけたい』『結婚記念日くらいちょっといいところで食事をしたい』と言われても、『仕事で忙しいんだ。記念日とか旅行とか言ってられない』と断り続けていた。

 ある日の真夜中、夫がふと眠りから目を醒ますと、枕元に妻が立っており、じっと夫を見つめていた。妻は片手にチャッカマンを持っており、カチカチと火をつけながら、寝ぼけ眼の夫にひと言こういった。

「ねえ、死んでよ」―。

 背筋が凍りつくような話であるが、同様の体験談は、本誌読者からも寄せられている。「ある日、妻が私のゴルフクラブを持って、車の助手席をメッタメタに破壊していた。浮気を疑っていたようで、『助手席に女を乗せられないようにするため』と妻は言ったが、次は自分がやられる、と身の危険を感じた」(40代後半・営業職)

「大型台風が直撃した日、早めに会社を出て帰宅したら、家にカギが掛けられていた。妻が中にいるのは明らかなのだが、こちらが戸を叩いても反応しない。近くの漫画喫茶で一夜を明かしたあと、家に戻って妻を質(ただ)したら、『強風の音だと思って気づかなかったわ』と平然と言われた」(39歳・広告代理店)

 今年の元日には、東京都東久留米市に住む66歳の男性が妻と口論になった際に、石油ストーブのタンクに入っていた灯油をかけられたうえに火をつけられ、意識不明の重体になるという事件が発生した。

 この夫婦はしばしばケンカをすることで近所でも有名だったそうだが、近隣住民からは「まさか殺意を抱くほど夫を憎んでいたとは思えなかった」という声が聞かれた。あなたの妻も、いつかあなたの体に火をつけるやもしれない―。

 妻の気持ちは、夫に対する肉体的な暴力や、言葉の暴力だけではおさまらないこともある。離婚問題を扱う、都内のある法律事務所に勤める弁護士は、こんな話を明かしてくれた。

「『夫の存在を消してしまう法律はないのでしょうか』という相談が、うちの事務所に立て続けに2~3件来たのです。ネットか雑誌で知ったのか、『夫を死んだことにする制度があると聞きました』と言うんです」

法律を使って夫を葬る

 夫を死んだことにできる制度とはなにか。行政書士試験講師の武田哲史氏が説明する。

「民法30条~の『失踪宣告』のことでしょう。元来は夫や妻が生死不明になった場合に利用する制度ですが、利用の仕方によっては、『生きている夫を死んだことにできる制度』です。夫の生死不明状態が7年間続けば、妻は家庭裁判所から"失踪宣告"をしてもらえます。
   そうすれば、たとえ夫が愛人とどこかで元気に暮らしていても、夫は『死んだもの』とみなされるのです。"失踪宣告"によって夫が死亡したものとみなされれば、夫の財産を相続する・勝手に売ることも、次の相手と再婚することもできます。ただの離婚では夫の財産を無条件で相続することはできませんが、失踪宣告の場合はそれが可能になる」

 実際には、7年もの間、夫の生死不明状態が続くということは稀であるため、そう簡単に"失踪宣告"を適用し、夫を死んだことにできるわけではない。しかし、法律によって夫を葬ろうと考える妻がいることは、男性に恐怖を与えるのに十分すぎる話である。

 ところで、一度は愛を誓い合ったはずなのに、夫に「死んでほしい」「消えてほしい」とまで思ってしまう女性の心理を理解できない方も多いのではないだろうか。

 前回の記事では、夫が死んでくれれば、生命保険や遺族年金、さらに家のローンがチャラになるなど、生活が現状よりもラクになるため、夫に死んでほしいと思っている、と経済的な面からこの心理を説明したが、"乙女心"は複雑で、それがすべてではない。

「恋人・夫婦仲相談所」を運営する二松まゆみ氏は、夫に死んでほしいと思う女性の心理をこう説明する。

「女性は些細な不満でも、忘れることなく覚えています。『10年前、私の誕生日を忘れていた』とか、『あのとき、セックスを拒否した』といった不満が、女性の心の奥底には沈殿している。そうした不満が5年、10年と溜まっていくことで、夫に対して『死んでほしい』『消えてほしい』と思うようになるのです」

 離婚カウンセラーの岡野あつこ氏は「ある意味、死別は女性にとって、最も理想的な別れ方なのではないか」と言う。

「夫と離婚するということは、自分の選択=パートナー選びが間違っていたことを認めなくてはならないということです。一方、死別なら『いい人だった』といいことだけが思いおこされるから、自分の選択が過ちだったと認めなくてもいいし、故人のためにも強く生きられる。夫に不満を持っている人からみれば、死別こそ最も理想的な別れ方なのです」

 ここで注目したいのは、岡野氏をはじめ、夫婦問題の専門家らが、夫婦の年代によって、この問題の深刻さは変わってくるとそろって指摘することだ。

 30代前後の夫婦の場合、夫は少なからず『夫婦間で家事の分担はするもの』といった価値観を持っている。

 一方の妻も、男女平等の意識を強く持って育った世代であるので、主張すべきところは主張する。夫に死んでほしいという意識を持っていれば、面と向かって不満を主張するし、夫も『妻がそんな不満を持っているのなら、聞いてあげなければならない』と話し合いの場を持つので、妻の不満を解消するチャンスがある、ということだ。

 問題は、50代以上の夫婦の場合である。

「その年齢の夫婦の妻が夫に持つ『死んでほしい』という気持ちは、経済的な面からの『死んでほしい』でも、いなくなればいいのにという望みでもなく、心の底から本気で『死んでほしい』と望んでいるケースが非常に多いですね。あなたが死んでくれたら、どれだけ私は自由になるか、と切に願っての『死んでほしい』なのです」(岡野氏)

 この世代の妻は、夫から「女はなにも文句を言うな」という観念を植え付けられて生活をともにしてきたというケースが多いため、結婚して以来、夫に対する不満を心の奥底に封印してきた。それが溜まりに溜まって、爆発する瞬間が最も恐ろしいのだという。

「熟年世代の『死んでほしい』は、吐き出されたら最後、ほとんど解決のしようがないのです」(岡野氏)

夫は気づいていない

 夫に死んでほしいと思う妻は、若い世代の女性の話で、われわれには関係ない―。そんな甘い考えを持っている熟年男性は、冒頭の男性のように、ある日突然、妻のひと言で奈落の底に突き落とされることになるかもしれない。

 実際、冒頭の男性のケースは特殊なものではない。シニアが抱える問題について研究・支援する、財団法人シニアルネサンス財団には、ここ数年、離婚問題や家族問題について、60代前後の男性から寄せられる相談が急増しているという。

「以前は女性からの相談が圧倒的でしたが、恥も外聞も捨てて相談に来られる、切羽詰まった夫婦間の悩みを抱えた男性が増えています」(同財団事務局長・河合和(やまと)氏)

 河合氏によると、熟年の場合、長年のコミュニケーション不足から『3つのK』という問題が発生し、それが原因で夫婦間の危機を招くことが多いという。

「3つのKとは経済問題、健康問題、そして心の問題です。経済問題は、『オレが働いて稼いだカネなんだから、その使い道はオレに従え』という夫の身勝手な考え、健康問題は退職後の夫の健康悪化が進むこと、心の問題は、会社で人間関係を上下で考えてきた夫が妻を見下すことで、この3つから生じるストレスが重なることにより、妻の怒りが爆発して、『死んでほしい』という気持ちが生まれるのです」

 退職後、急に独りになってしまった夫が、「定年後は妻孝行をしてあげよう」と思っても、自分のコミュニティを確立している妻にすれば、いまさら夫にベタベタされたいとは思っておらず、ありがた迷惑。

 さらに妻孝行の気持ちの裏には、自分が年々衰えていくなかで、妻に面倒を見てもらわなければならない、という後ろめたさが隠れていることを妻は見抜いているので、夫の振る舞いの一つ一つが疎ましく思えてきて、「死んでほしい」につながるのだ。

 また、熟年女性の場合、潜在的な防衛本能が働いて「夫に死んでほしい」と思うようになるのではないか、という見方もある。

 愛媛県総合保健協会の藤本弘一郎氏の研究報告によると、75~84歳の男女を調査したところ、男性の場合は配偶者がいないほうが死亡リスクが高くなるのに対して、女性は配偶者がいるほうが、死亡リスクが高くなるという結果が示されている。

 さらに黒川内科院長(黒川心理研究所所長)の黒川順夫(のぶお)氏によると、定年後、夫が自宅にいることがストレスとなって、さまざまな病的症状を発症してしまう妻が数多くいるという。

「私はこれを『主人在宅ストレス症候群』と名づけましたが、高血圧や喘息をはじめ、電車に乗れなくなるなどのパニック障害や、はては十二指腸潰瘍ができて入院を余儀なくされる方までいるほどです。

 原因の多くは夫の束縛から来るストレスなのですが、厄介なのは、夫は妻の病気の原因が自分にあることに気づいていないということです。『妻は夫に従うのが当然』という考えが、妻の心身の病気の原因となっていることを理解してもらいたい」

共通の趣味なんてゲッ!

 夫の存在自体が妻のストレスになっているという現実はあまりに残酷な話。これに追い討ちをかけるわけではないが、大手旅行代理店JTBの団塊世代を対象にした調査によると、60歳以降、最も一緒に旅行したい相手として、男性の7割が「夫婦」と答えたのに、女性のそれは5割を切っている。

 また、第一生命経済研究所ライフデザイン研究本部の調査では、「夫と同じ墓に入りたくない」と答えた女性の割合は男性の3倍近くにのぼり、さらに「夫と共通の趣味をつくろうとは思わない」と答えた女性は7割を超えている。「一緒にいるだけでも虫酸が走るのに、旅行や趣味なんてもってのほか」―そんな女性の悲鳴が聞こえてきそうだ。

 定年後の夫の望みは、妻にしてみれば単なる束縛でしかなく、寿命を縮める要因にさえなっている。「自分の寿命を縮めるくらいなら、夫に死んでもらって長生きしたい」。これが夫に死んでほしいと思う妻の本音なのである―。

 気づいたときにはすでに手遅れになっていた、という事態を回避するためには、どうすればよいのか。「妻と一緒に幸せな定年を過ごしたい、と本気で考えているなら、定年する前に一度夫婦関係を見つめなおしてみてほしい」。夫婦問題の専門家らは、口をそろえて言う。

「夫は定年前から夫婦間のコミュニケーションを増やして、妻の不満に気づくこと、さらに仕事以外の趣味や生きがいを早めに見つけて、定年後は互いを尊重したライフスタイルを歩めるように準備しておくこと。定年後、妻に『いなくなればいい』『死んでほしい』と言われると、本当に逃げ場がなくなってしまいます」(前出・河合氏)

 精神科医で心理研究家のゆうきゆう氏は、男性は妻に優しい言葉をかける習慣を身につけるべきだと助言する。

「『結婚までした相手に、いまさら愛情表現なんか必要ない』と思う人もいるかもしれませんが、『言わなくても分かる』ことなんてないのです。『家を守るのが妻の仕事』と当然のように思って接していると、夫婦間の温度差は大きくなる。
   食事から洗濯まで、自分の身の回りの環境を誰がつくっているかを考えれば、きっと素直に『ありがとう』と一言いえるはず。そうすれば少しずつ奥さんの不満も和らぐでしょう」

 幸せな定年後の生活を夢想する暇があるなら、妻が抱えている不満を想像するほうにエネルギーを回しなさい、ということだ。