川口マーン惠美川口マーン惠美「シュトゥットガルト通信」

2011年11月18日(金) 川口マーン惠美

極右の犯罪におののくドイツ
強力な極右グループは密かに活動を続けている?

〔PHOTO〕gettyimages

「極右テロはドイツの恥だ。この事件の解明のために、我々はあらゆる努力をするだろう!」メルケル首相は14日、ライプツィヒで開かれているCDU(キリスト教民主同盟)の党大会の場で、深刻な面持ちでそう語った。シーンとした会場に賛同の拍手が響いた。

 何が起こったか? 一言でいうなら、極右テロの大量殺人だ。しかし、まだ謎が多い。

 まず、11月4日の午前、旧東独のチューリンゲン州のアイゼナッハという町で、信用金庫が襲われ、行員が怪我を負った。同日の昼ごろ、アイゼナッハの隣町で、駐車中のキャンピングカーから火が出る。駆け付けた警官が、車の中で2人の男の遺体を発見した。あとの調べによると、2人とも銃弾による自殺。直前に、確かに2発の銃声が聞かれたという。

 さらに同日の午後3時、そこから180キロ離れたやはり旧東独ザクセン州のツヴィッカウという町において、住宅の一角で爆弾がさく裂、炎上した。壊滅した部屋に住んでいたのは2人の男と1人の女で、女は爆発の直前に立ち去っており、一方、男は、昼間キャンピングカーの中で死んでいた2人だということがわかった。また、信用金庫に押し入ったのも、この2人だった。

 しかし、この日、事件はまだたいして大きなニュースにはなっていない。この3件のできごとの繋がりさえ、わかっていなかったからだ。大きなニュースになったのは、3日後。そのきっかけは、キャンピングカーの中で発見された、1個の拳銃だった。そしてそれ以後、現在まで、どんどん膨らむ犯罪の規模に、ドイツ中が震撼している。

 燃えたキャンピングカーの中で見つかった拳銃。それは、ある婦人警官の銃だった。2007年4月25日、南ドイツはバーデン・ヴュルテンベルク州のハイルブロン。自転車で通りかかった住人が、パトカーの中で倒れている2人の警官を見つけて110番した。2人とも頭に銃弾を受けており、22歳の婦人警官はすでに死亡。その同僚の男の警官は、命拾いはするが、今日も事件を思い出すことさえできない。

 2人の警官は、ちょうど昼休みで、パトカーの中で軽食を取っていたという。そこへ、犯人は後ろから近寄り、頭を撃ち抜いた。そのとき犯人が奪って逃げた2丁の拳銃が、燃えたキャンピングカーの中から出てきたのである。迷宮入りしていた残酷な事件が、突然、再浮上した。間もなく、ツヴィッカウの住宅の焼け跡からは、警官の殺害に使われたと思われる拳銃が発見された。犯人が2人の警官から奪っていった手錠やナイフも出てきた。

 しかし、最も衝撃的な発見物は他にあった。DVDである。その中で、彼らは「国家社会主義地下組織」と名乗っていた。「国家社会主義」というのは、ヒトラーの党の正式名「国家社会主義ドイツ労働党」から来ている。ドイツで「国家社会主義」といえば、ナチのことだ。つまり、このDVDの制作者である犯人は、ナチを信奉する極右グループであったのだ。しかもDVDには、彼らの犯罪の数々が、面白おかしいコミックとして編集されていた。

 00年から06年にかけて、ドイツでは、移民が射殺された事件が頻発した。殺されたのはたとえば、ドュナー売り。ドュナーとはハンバーガーのアラブ版で、トルコ移民がやっている零細な店が多い。垂直に立てられている長い串に、ほどよく味付けされた牛肉が巻かれている(アラブではたいてい羊肉)。

 串はぐるぐると回転していて、横から当てられる熱で肉が焙られ、辺りにいい香りが漂う。その肉を鋭いナイフで削ぎ、好みで玉ねぎやピーマンやトマトや香草などを加えて、アラブ風のパンに挟んだのがドュナー。ドイツ人にも人気で、街角にあるスタンドの前で、皆が立ち食いしている。

 ドュナー売りの他に標的となったのは、安い花を売っているスタンドやインターネット・カフェの経営者。どれも移民が1人でやっている店だった。当時、これらの殺人は、トルコ・マフィアが係わっているのだろうとか、ショバ代で揉めたのだろうという推測がなされていた。そして、一瞬、世間を騒がせた後、いずれもが迷宮入りしたのである。

 ところが、それらはトルコ・マフィアではなく、このツヴィッカウの3人組の仕業だったのだ。DVDの内容は、14日付の週刊誌『シュピーゲル』が特ダネで出したし、その後、テレビのニュースでも流れている。お馴染みのピンクパンサーが「パウル君」という名前で登場し、紙芝居をめくるように、殺した人間の写真を示していく。また、血まみれの死体の写真もあれば、トルコ人たちの頭にくぎを刺した写真を合成し、ドュナーの安売りのシャレにしたりと、ひたすらグロテスクだ。それがすべて、ピンクパンサーの例の音楽に合わせて、冗談のように軽く流れる。この冷酷さ、残虐さ、そして、外国人に対する憎悪。さすがに「国家社会主義」と名乗るだけのことはある。

 トルコ人が8人、ギリシャ人が1人、そして、先の婦人警官と、DVDに出てくる犠牲者は計10人だが、2004年にケルンで起こった爆破事件も、この3人組の犯行だったということが、映像からわかった。この爆破事件では、22人が負傷したが、ほとんど全員がトルコ人だった。

 3人組は、警察に知られていなかったわけではない。それどころか、極右組織のメンバーとして、すでに90年代、目を付けられていたという。前科もあった。

 90年は、東西ドイツが統一された年だ。旧東独地域では、その後、極右グループが急速に力を伸ばした。統一してみたら、東は破産状態、産業はガラクタで機能しないことが明確になり、失業者が急増。そんな中、東の人間は、自分たちが突然、2級の人間のようになったように感じていた。そして、そのうっ憤は、さらに弱い人間、移民に向けられた。トルコ人の住宅に火がつけられたり、アフリカ人が襲われたり、不穏な事件が相次いだ。

 とはいえ、90年の終わりには、それも鎮まる。ただ、先の3人組は、現実と折り合いを付けることを好まなかったらしい。彼らの行動は次第に過激になり、ネオナチとしての犯罪に手を染めていく。1998年1月、彼らの隠れ家が捜索された。爆弾や武器や爆薬、ナチの大物ルドルフ・ヘスの肖像画などが発見された。2日後、逮捕状が出た。しかし、その直前、3人はすでに地下に潜っていた。

 それ以来、ほぼ14年間、彼らは潜行したまま、いつからかツヴィッカウに住み、少なくとも14回、銀行強盗で資金を調達し、全国で殺人を犯し続けたのである。家族さえ、消息を知らなかったという。なぜ? なぜそんなことが可能だったのだろう?

 とにかく謎だらけだ。ツヴィッカウで家を爆破して逃げた女性は、その後自首したが、16日現在、完全黙秘している。14日には、さらにもう一人、共犯者が逮捕されている。しかし、たったの4人でほぼ14年間も無事に潜行し、難なく殺人を犯し続けることができたというのは、やはり不自然だ。陰で支えた大きな極右の組織があったのではないかと見られている。しかし、どんな組織?

 ドイツには、武装した極右グループがいくつかある。法律違反ぎりぎりのところで、警察とせめぎ合っている。また、極右の政党もある。現在、旧東独の2つの州で、議会に議席を持っている。

 なお、今回の事件で新たに浮上したのが、憲法擁護庁という役所の存在だ。スパイを展開するなど、情報部のような機能を持っているらしい。チューリンゲン州の憲法擁護庁が、極右のメンバーにお金を払って情報源としていたことはわかっているが、それだけではない。実は数日前、不思議なことがわかった。憲法擁護庁のある役人が、インターネット・カフェの殺人現場にいたという。もちろん、皆が呆気にとられた。

 チューリンゲン州の役人は、いつ頃から、何を知っていたのか、そして、何を黙認していたのか。何故、殺人現場にいたのに、それを通報さえしなかったのか? この役人は、その後、異動になっているという。いったい、誰と誰がグルだったのか?

 15日、外務大臣兼副首相のヴェスターヴェレが、ベルリンのトルコ人グループの代表を訪れ、事件の徹底解明を約束した。「我々は、犠牲者に借りがあるだけではない。ドイツのイメージに対しても借りがある」。

 ただ、ドイツ人のために弁明したいが、一般のドイツ国民の、極右に対する許容度は非常に低い。左翼に対してシンパシーを持つ人は結構いるが、極右グループの支持される余地はほとんどない。だから、少数の、法律ぎりぎりのところで活動する極右が事件を起こすたびに、国民はショックを受けているというのが現状だ。今回もそうだ。

 昔、ザクセン州のドレスデンのことを書いていた時のこと、初め、一人で取材に行くのがちょっと怖かったことを思い出す。当時はまだ、外国人が襲われるニュースをときどき耳にしたからだ。しかし、行ってみたら人々はものすごく親切で、何度訪れても、外国人排斥の空気など、ほんの少しも感じることはなかった。だから、それが現実だと私は今でも思っている。

 しかし、一般国民の目に見えないところで、強力な極右グループは密かに活動を続けているのかもしれない。今回の事件が解明されたなら、それらが明らかになる可能性がある。戦後66年間、絶え間ない努力をして、ナチのイメージをようやく拭い去ったドイツ人だ。いまさら親ナチのイメージが蘇ったりしては、はなはだ迷惑に違いない。だからこそ、今回の事件は捨て置けないと、皆が思っている。逮捕された2人の供述が待たれる。