経済の死角

2011年10月26日(水)

シリーズ 2020年の世界から見た2011年の日本1
~少子高齢化分野で「課題先進国」の賞味期限はあと5年~

文:久野雅志、吉川尚宏

 日ごろ、我々は、やれ再生可能エネルギーだ、やれTPPだと、マスメディアでその都度とりあげられる話題に翻弄されている。しかし、10年後の日本を考えた場合に、本当に重要な制度や政策は何なのだろうか。仮に2020年にカメラを置くことができたとすると、2011年の日本はどのように見えるのだろうか。本稿ではさまざまなデータをみながら、現在の日本の政策課題を見直してみたい。1回目は高齢化問題である。

高齢化を逆手にとる「課題先進国」アプローチの賞味期限はあと5年

 「課題先進国」とは東京大学の総長であった小宮山宏氏が名づけた言葉である。すなわち、現在の日本の姿は未来の地球の姿であり、日本が抱える現在の課題は、未来の世界が抱える課題であるとの認識をもてば、日本は世界に対して課題解決のソリューションを提供できる、というものである。政府も平成20年版通商白書において「我が国はアジアの課題先進国であり、その解決に先導的に取り組み、その中で培った技術や社会システムを広く地域に展開する」と位置付け、日本の先進的な技術により、世界に先駆けて課題を解決し、そのソリューションを輸出していくという「課題先進国」という概念を強調している。

 災い転じて福をなす、というような発想は我々に希望を与えるものであるが、実は「課題先進国」でいられる時間はそうは長くない。近隣のアジア諸国に目を向けると、高齢化が急速に進展しており、アジア各国も今後順次日本と同程度の高齢化の水準に達すると見込まれているのである。

(表参照)

 香港の合計特殊出生率は1.04(2009年時点)と著しく低く、2015年頃には日本と同様に高齢化率が21%を超える超高齢社会になると見込まれている。また隣国の韓国も、合計特殊出生率は1.15(2009年時点)と日本と比べ大幅に低い水準のため、今後日本を上回るスピードで急激な高齢化が進行すると見込まれ、2025年頃には超高齢社会になると見込まれている。また、現時点では経済発展著しい中国においても、1979年から始まった一人っ子政策の影響により、若年層の数が著しく少なくなっており、急激な高齢化が進行すると見込まれ、韓国と同様に2025年頃には超高齢社会になると見込まれている。またシンガポールやタイなどにおいても同様の状況である。

 このように2015年頃には香港が超高齢社会になり、2025年頃には中国・韓国という近隣の主要国家が超高齢社会になるということで、それまでに高齢化に関する諸課題の解決が出来れば日本にとって大きな機会になる一方で、この5~15年の間に課題解決ができなければ、近隣のアジア諸国と同じ土俵に立つことになる。

 その影響は二つの形で現れるだろう。

1.人材獲得競争の激化
各国とも労働力が不足し、高度人材のみならず単純労働者も含め、人材争奪競争が起こるであろう。

2.「課題先進国」ソリューションの提供競争激化
アジア各国の高齢化のスピードは他の新興国よりも速い。アジア各国は日本同様、「課題先進国」的なアプローチでソリューションを開発し、それをインドやブラジルなどの新興国に提供していくであろう。

人材獲得競争に向けて着手し始めた韓国

 高齢化の進展が確実な未来として予見され、その際に人材獲得がカギとなる中で、近隣のアジア諸国は既に中長期的なビジョンを持って外国人の受入に向けた議論を始め、その体制整備に着手しつつある。

 特に韓国においては、労働力及び内需の減少に対し、外国人労働者の活用に向けた対策を、政府あげて本格的に取り組み始めている。2004年から、「雇用許可制度」を導入し、それまで非熟練の外国人労働者を「研修生」と扱い、日本と同様に単純外国人労働者の存在を否定していた方針を転換し、非熟練の外国人を「労働者」として位置付けた。現時点での雇用許可制度の評価は定まっておらず様々であるが、韓国政府は「国内の労働力をまかなえない企業が外国人を合法的に雇うことを許可する制度」として、単純外国人労働者の受け入れを真正面から認めたことには意義があると思われる。

 さらに、2007年には、「在韓外国人処遇基本法」を制定し、それまでの外国人の一時的な活用から、本格的な外国人移民の受入れに向けた体制の整備を今後行っていく方針を明確にし、政府主導で人材獲得競争において後れを取らないようにする姿を鮮明にしている。

新成長戦略でも国家戦略プロジェクトとして掲げられてはいるものの

 「グローバル人材の育成と高度人材等の受け入れ拡大」は政府の掲げる新成長戦略における国家戦略プロジェクトの一つとしては選定されている。東日本大震災の影響も踏まえて2011年8月5日に閣議決定された「日本再生のための戦略に向けて」では、在留高度外国人材の倍増については、震災を契機とした外国人の日本離れが懸念される中、優秀な海外人材を引き寄せる施策を加速化するため、ポイント制を通じた高度人材に対する出入国管理上の優遇制度の2011年中の導入に向け、準備を進めるものとしている。

 外国人高度人材の中でも外国人看護師については、2011年3月11日に「経済連携協定(EPA)に基づくインドネシア人及びフィリピン人看護師・介護福祉士候補者の滞在期間の延長について」が閣議決定されている。EPAによって来日し、日本の看護師や介護福祉士といった国家資格の取得を目指す外国人については2008年度にインドネシアから受け入れを開始し、2009年度にはフィリピンからも受け入れを開始している。

 来日後、3年以内に国家資格を取得できない場合、帰国することとなるが、これまでのところ、受験環境の不備や外国人を受け入れる病院や介護施設の減少等があいまって、必ずしも国家資格取得者が思うように伸びていなかった。特に2008年度に入国したインドネシア人の看護師候補にとっては2010年度の試験が最終年になる予定であったが、政府は在留期間を1年延長する方針を決定している。

 インドネシアやフィリピンが高齢化社会に突入した場合、このような悠長な議論をしていることはできるのだろうか。

TPP参加の議論を契機として考えてみたい人材のグローバル化

 FTA/EPAの推進は民主党の重要政策課題であるにも関わらず、フィリピンやインドネシア、インドなどの一部の国と締結したにとどまり、日本企業がハイテク製品や自動車で激しい競争を繰り広げている韓国と比べ、遅れをとっている感は否めない。TPPに至っては、2011年10月時点で民主党内で交渉対応検討チームが立ち上げられた段階で、これから参加の是非について本格的な議論を開始するところである。

 TPPへの参画はそのまま単純労働者の大量流入を意味するわけではない。しかし、FTA/EPA、TPPの本来的な意味合いは、モノの関税の引き下げにとどまらず、"サービスや人の自由化"までも含むことである。今後の高齢化の進展により、国内の労働者及び内需が自然減少していく中で、どのようにそれらの維持・拡大を行うか、その中で外国人の受入れをどのように位置づけていくかは、日本が抱える大きな課題であり、"サービスや人の自由化"は重要なテーマである。

 当面の政策テーマである外国人医師や外国人看護師の受入れ拡大は、医療介護サービスの需要者である消費者にとってメリットがあるだけでなく、彼らを通じて日本の医療や福祉分野における「課題先進国」的なソリューションを海外に伝播させるチャネルを獲得するというメリットもある。

「課題先進国」となれるかどうかの岐路に

 以上のように日本が「課題先進国」でいられるのは、短ければあと5年程度である。 2011年が、今後日本が高齢化してもなお、先進的な知恵を有し、世界から尊敬を集められるか、近隣諸国に「課題先進国」の座を奪われ、内に閉じこもり世界から相手にされなくなるかの分岐点であるということを肝に銘じる必要がある。そういった観点から、この秋から再度活発化するFTA/EPA、TPPの議論の中で、人材のグローバル化という論点についても国民的な議論が起こることを期待したい。

久野雅志(くのまさし)
A.T. カーニー株式会社 シニアビジネスアナリスト。東京大学法学部卒。中央官庁を経てA.T.カーニーに入社。自動車業界、総合商社、金融業界などにおいて、M&A戦略、新興国参入戦略、営業戦略、オペレーション改革、組織改革など幅広く活動

吉川尚宏(よしかわ・なおひろ)
A.T. カーニー株式会社プリンシパル 京都大学工学部卒、京都大学大学院工学研究科修士課程修了、ジョージタウン大学大学院修了。NRI野村総合研究所を経て現職。通信、メディア、金融サービス業界を中心に活動。総務省ICT政策タスクフォースメンバー、情報通信審議会委員。著書に「価格戦略入門」(ダイヤモンド社)、「ガラパゴス化する日本」(講談社刊)など多数