山崎 元山崎元「ニュースの深層」

2010年02月17日(水) 山崎 元

日本版国家ファンド構想の再浮上を警戒する
田村参院議員の移籍で起こる心配

 参議院議員の田村耕太郎氏が自民党を離党して民主党に入党した。このこと自体についてとやかくいう積もりはない。

 小沢幹事長をはじめとして、現在の民主党員の多くは元自民党員だ。

 田村氏は、ご本人が自らの掲げる政策が実現しやすいと考える進路を選ばれたのだろうし、この結果、社民党が参議院でキャスティング・ボートを失うことについては、民主党政権の制約が一つ解けるという意味でむしろ歓迎したい。

 ただ、彼がかつて掲げていた政策であまり実現して欲しくないものがある。

 それは、日本版国家ファンドの設立だ。自民党時代の彼は、日本版国家ファンドの設立構想を方々で語った。これに賛成する議員が議連を立ち上げることもあったし、年金積立金を預かる舛添前厚労相が「10兆円くらい(積極的な運用に)チャレンジしてみてもいいかも知れない」と語ったこともあった(自分のカネでもないのに、いい気なものだ!)。

 民主党に貴重な議席をもたらした田村議員は政策的なアピールを積極的に行いやすいポジションにあり、日本版国家ファンド構想は彼の顔を立てる上でおあつらえ向きの政策に見える。

「国家ファンド」の政治的な意味内容は「金融版の公共事業利権」だ。金融業界を手なずけたい民主党政権がこの設立に動く可能性は、政治的に十分あるだろう。

 今の段階では、筆者個人の「悪い予感」に過ぎないが、この種の話は動き出すと早い。

国家ファンドを提言するレポート

 一方たまたまであろうが、社団法人日本経済調査協議会という組織から「政府系ファンド(SWF)の役割と政策的インプリケーション」と題するレポートが届いた。みずほ証券(株)シニアアドバイザー吉國眞一氏が主宰する委員会が作成したもののようだ。

 今現在、このレポートが重要な意味を持っているというわけではないが、国家ファンドを推奨する典型的な意見として、論旨をご紹介してみたい。

 このレポートは世界の国家ファンドを概観し紹介するところから始まるが、日本にも既に国家ファンドがあるとする見方をするところが目新しい。

 日本の公的年金積立金の約120兆円(年金積立金管理運用独立行政法人、通称「GPIF」が運用している)と外国為替特別会計の100兆円は、政府によって運用されている資産という意味で実質的に国家ファンドであるという見解を採る。

 但し、前者は国債を中心に低リスクで保守的な運用を行っているし、後者は米国債が中心だ。特に前者には運用を積極化させる余地があるし、その必要性もあるというのが、このレポートの主張だ。

 公的年金積立金に関しては平成21年度の財政検証で長期的な目標運用利回りが4.1%に引き上げられており、これが「GPIFの運用姿勢に大きな変更を迫る」というのが、このレポートの見解だ。

 そして、GPIFに関する提言としては「期待利回りのより大きい(そしてリスクも大きい)資産への投資比率を思い切って引き上げることが不可避であり、このためには対外資産の増大に加えて、場合によっては不動産やコモディティなど新たな種類のリスク・アセットを組み入れることを検討する必要があろう」とある。

 新たに資金を探してきて日本版国家ファンドを設立するというよりは、既存の資金の中から先ずは10兆円程度をリスク資産運用に回すことで実質的に日本版国家ファンドを作りたいというのが、現時点の国家ファンド推進派に多い意見で、このターゲットになりやすいのが公的年金積立金だ。

 また、市場へのインパクト(日本国債売りと米国債売りのそれぞれに対して)を避けるために、10兆円ほどGPIFが保有する日本国債と外為特会が保有する米国債を交換して、GPIFは市場への影響を見ながら米国債を他の外貨建て資産に分散化すればいいという技術的な提言もある。

 もっとも、この提言は、分散化の必要な米国債を10兆円も抱え込むGPIFにとっては非常に割りが悪い取引であり、GPIFは市場でいいカモにされる危険があって、とても乗れる話ではない。

 ともかく、何はともあれ「10兆円」というのが、国家ファンド推進派の悲願のようだ。 先の論旨については、そもそも年金積立金の運用が、高い目標運用利回りを前提としているところがおかしいと指摘しておこう。

 そもそも、積立金に非現実的に高過ぎる運用利回りを想定する点が不健全なのだ。厚労省は「100年安心」の掛け声の下で現行の年金制度を維持しようとしているように見えるが、将来の給付と保険料を調整する「マクロ経済スライド」の他に、将来の積立金の運用利回りを高く設定することによって年金財政の辻褄を合わせて見せている。

 しかし、問題なのは、運用方針ではなく、高過ぎる利回り目標の方だ。こんなところで、無理が見え透いた辻褄合わせをするから、つけ込まれる隙が出来るのだ。

 また、このレポートでは国家ファンド(SWF)はヘッジファンドのように借り入れに依存していないことを指摘して市場の攪乱要因になりにくいと述べているが、日本の公的年金積立金の背後には将来の年金給付への義務があり、逼迫した年金財政があって、決して、借り入れがゼロで大きなリスクを取り得る資金ではない。

 むしろ、全額が借り入れの資金だと考えるくらいが実態に合っている。

 尚、GPIFの積立金運用方針については現在厚労相の諮問委員会で議論が行われている。筆者も委員の一人であるが、市場への影響を勘案して、議事は非公開となっている。「しっかりと議論する」とだけ述べておく。

国家ファンド不要の理由

 筆者が、自分が金融業界に身を置くにもかかわらず日本版国家ファンド構想に反対するのは、一つにはそれが不要(国民にとって余計)だからで、もう一つにはその運用が間違いなく金融業界のカモにされる大型利権になるからだ。

 10兆円の国家ファンドを考えると、仮に国民が1億人なら、国民から一人10万円を強制的に預かって国家が投資信託で運用するようなものだ。本来なら、このお金について、国民はいい投資対象があると思えば投資すればいいし、そうしたくないと思えばそうしなければいい。「国家が運用する投資信託」を押し売りする必要はない。

 また、年金積立金は現在年金給付の4年分くらいあるが、制度の維持の上ではこんなに大きな積立金を必要としない(半年分もあれば十分だ)。高い運用利回りがあるはずだ、と主張して、大き過ぎる積立金を抱えているところに日本の公的年金の大きな歪みがある。

 また、「積極運用される10兆円」は、金融業界にとって手数料に換算して1000億円から2000億円に相当するビッグ・ビジネスだ。

 1000億円と言えば10兆円の1%に相当するが、「年金の運用で1%も取れないのではないか」と言うかも知れない。確かに固定のフィーではそこまで取れまいが、成功報酬の形にすると簡単にこれ以上の手数料と同条件のものをむしり取ることが出来る。

 ヘッジファンドの場合、値上がり益の20%が普通の成功報酬だが、たとえば日経平均で運用する単純なファンドを考えると(ボラティリティは20%で計算)この成功報酬は年率ほぼ1.6%程度の固定手数料と同じ価値を持つ(成功報酬はファンド資産を原資産とするコール・オプションだ)。

 実際の運用はこんなに単純ではないし、運用者側ではリスクをもっと高めることが可能だろう。成功報酬の価値は、レバレッジを掛けてリスクを高めることができれば、ファンドの運用者側でいくらでも高めることが出来る。「濡れ手に泡」に近い合法的金融詐欺とでも呼びたくなる美味しい仕掛けなのだ。

 もちろん、日本の金融界もビジネス・チャンスが欲しいし、オバマ大統領の新金融規制案で儲けの種が減りそうなアメリカの金融界が資産運用で稼ぎたがっていることを考えると、政治家を動かして「日本版国家ファンド」を焚きつける可能性は大いにある。

 以上、筆者の杞憂に終わることを祈っているが、日本版国家ファンド構想が登場する可能性に対して、敢えて今の段階で警鐘を鳴らしておきたい。