週刊現代賢者の知恵

2012年07月06日(金) 週刊現代

新・職場の考現学
なぜ彼らは「残念な人」で終わるのか
やがて寂しき東大卒

 日本にこれだけ特別な大学は他にない。良いときは「さすが東大」。悪いときには「東大なのに」。背負った名前の大きさに翻弄される人もいる。プライドにとらわれた世の「東大卒」の悲しい現実。

リスクを取るのは少し苦手

「40代半ばを過ぎたころから、大学の同窓会への出席者が増えました。ちょうど自分の出世の限界が見えてくる年代であり、かつてのクラスメイトたちがそれぞれの職場でどんなポジションなのか気になり始めるからでしょうね」

 そう話すのは、東大経済学部卒で、現在は大手証券会社で働く50代の古川康弘氏(仮名)である。

 古川氏によると、中年の東大OBが集まる同窓会には一種特有の空気が漂っているという。

「みんな40代前半までは自分はエリートコースを歩んでいると思い込んでいた連中ばかりです。でも、当然ながら民間企業で役員になれるのは、ほんのひと握り。自分は出世コースからもう外れてしまったと悟った人たちが、なんだみんなも同じじゃないかと安堵するのがこの年代の同窓会なんです。

 そうした場で自分よりも不幸な境遇の同窓生の消息を耳にして、自分の優位さを確認する。これが東大OBの同窓会の実態なんですよ」

 彼らが日本の最高学府、東京大学を卒業したのは、いまから30年以上も前の話。入社当時は部署内でも「東大卒社員がやってきた」と注目され、受験勉強で培った要領の良さや、官庁や一流企業に散らばった東大時代の華麗なる人脈を駆使し、40代までそこそこ順調に出世してきた。

 ところが、50代を迎えたとき、ふと気づく。勉強は明らかに自分のほうができたのに、出世レースで自分の前を走っているのは、そこらの私大卒ばかりじゃないか。自分はどこで間違ったのだろうか。

 経済評論家の山崎元氏(東大経済学部卒)は、東大卒サラリーマンの会社人生における典型的な「晩年」についてこう語る。

「東大を卒業し、大手企業に入社というキャリアを歩んだとしても、45歳くらいになって先が見えてくると、第二の人生を考えなければなりません。銀行など金融機関の場合は、役員になれなければ50歳前後で関連会社などに出向するケースがほとんどです。大手メーカーでも、50代前半までに、子会社へ出向する人が多い。そうした厳しい現実をつきつけられる年代になると、エリート意識が強かった人ほど、寂しさを強く感じるようです」

 前出の古川氏の同窓会の出席者にも、「人事部付が半年以上も続いて、やっとクレジットカード会社の不良債権を買い取る会社に取締役で出向することが決まった」という大手銀行の部長だった男性がいたり、「社員が30人くらいしかいない事務代行の子会社で部長になった」という大手鉄鋼会社の元次長がいたりする。スタートは華やかだった東大卒サラリーマンたちも、ごく一部の人間を除き、最後は社内の「その他大勢」の一人として、会社人生を終える。

 学歴エリートが、サラリーマンの世界でエリートになれない理由を、自身も東大法学部卒である人事コンサルタントの城繁幸氏が語る。

「もともと東大をはじめとする旧帝大は官僚養成機関で、組織の忠実な歯車を育てることを目的に設立されたものです。そういう人を選抜するのが東大入試なのですから、東大卒が官僚向きなのは当然なんです。なので、たとえば東大卒に経営能力やリーダーシップを期待するのは、的外れだと言えます」

 実際のところ、組織の歯車として優秀な若手、と評価されていたのに、出世して部下を持つようになった途端に苦労するケースは多い。

 東大卒の行員を数多く抱えるメガバンクで働く黒川涼子氏(仮名)はこのように語る。

「東大卒の上司には、典型的な〝小役人〟タイプが多いと感じます。リスクを取らないため、都合が悪そうなことがあると部下を前面に出し、自身は絶対に前面に出ない。失敗は部下の責任にして、うまくいったときは自分の手柄にするんです。部下には好かれないけれど、上からは評価されている人もいます。だけど、飛び抜けた実績はなく、役員にはなれない、というパターンです。東大卒の人も40すぎればタダの人です」

趣味は「格付け」です

 大手電機メーカー社員の小倉徳馬氏(仮名)も、東大卒の人材をこのように見ている。

「僕の会社のなかの東大卒で多いな、と思うタイプは自分で決断しない、またはできない人。常に自分より上の役職の人に相談し、決定権も責任も押しつけてしまう。要領のよさをみると、うまいな、頭いいんだな、とは思いますよ。でもそういう人って結局信用されないですよね」

 こういうタイプは、若いころなら、上司の顔を立てている、東大なのに謙虚なやつじゃないか、と評価されることもあったかもしれない。

 常に自分の順位を気にしながら生きてきた東大生は、組織内の「序列」には過剰なまでに敏感だ。前出の山崎元氏は語る。

「東大生は、他人よりも有利なポジションにいて、恵まれたコースを歩みたいという気持ちが強いから、序列を気にするんです。私が大学1年生のとき、同じクラスのなかにはクラスメイト全員の過去の模擬試験の結果を調べて、誰が優秀だったかを分析していた人もいました。経済学部では、いかに人気の高いゼミに入っているか、ということで序列があり、卒業後もずっとおたがいを格付けしているんですよ」

 森山雅治氏(仮名)は、在京大手テレビ局のディレクターだ。森山氏が、東大卒の40代の先輩ディレクターが放った暴言に冷や汗をかいた思い出を語る。

「あるとき歌番組の打ち上げで、そのディレクターがこう言ったんですよ。『いやあ、演歌歌手なんて中卒もいるのに、そんなヤツらにおべっか使っているんだから、おれも偉いよなあ』って。さすがに出演者はおらず、スタッフだけの打ち上げでしたけど、テレビの現場スタッフには高卒の人もたくさんいるのに、そういうことを平気で言ってしまう。

 ジョークとか、わざとイヤな奴を演じているとかじゃないんです。ずっと『せめて私大くらいは出てないとねぇ』なんてしゃべり続けているんですから」

 ディレクターならタレントをその気にさせる如才なさも身につけるべきだと思うのだが、AD時代には抑えていた本音が出てしまったのだろうか。

頭はいいんだけどね

 大手情報サービス会社で働く東山伸夫氏(仮名)は、上司とのコミュニケーションに頭を悩ませている同僚の様子をこう語る。

「東大の理系出身の50代の上司なんですが、徹底的にロジカルな人で、仕事はできるんです。本当に頭がいいんだなぁ、と感心してしまう。でも、他人にも、すべてのことにロジカルな説明を求めてくるから困ってしまうんです。僕らからしたらどうでもいいことでも、自分が納得するまで深掘りして説明を求めるから、部下はまいっちゃってます。裏では『法律』とか『マシーン』なんてあだ名で呼ばれていますよ。

 この上司、いつも部下をランチに誘うんですが、断るときは、詳細に理由を説明しないと納得しないので、面倒ですね」

 もちろん論理は重要だが、人間は論理のみで動くわけではない。部下の感情さえ読めないのに、顧客のニーズなど読めるはずもない。

 頭はいい。知識も豊富。人柄も特段悪くはない。でもなぜか職場になじめず、周囲から浮いてしまう東大卒。せっかくの頭脳が生かされないのはなんとももったいないが、その最大の要因はやはり高すぎるプライドにある。

 歪んだプライドは、人間関係を停滞させてしまう。大手家電メーカー社員の岡山明裕氏(仮名)の同僚はまさにそのタイプだ。

「うちは東大卒の社員は少ない。それだけに会社は大事にして、出世もしています。彼らに共通するのはとにかくプライドが高いこと。たとえば経済学部出身の社員は、役職のある人にしか話をしないという癖があった。平社員が仕事で話しかけてきても、『何でお前がオレのところへ来るの』という顔で話も聞きません。無視していますね。自分は出世して当然という態度がミエミエで、人事部の人間には自分から話しかける、そんな自分本位のわがままなタイプがいますね。

 仕事でアポイントを取るときも、まったく相手のことを考えていない。自分の都合ですべて時間を決めていくんです。相手が自分に合わせて当たり前だと思っているんですね。自分の時間に合わせて人が動くと勘違いしているんですよ」

 相手の5分の遅刻は許さないが、自分は平気で30分も遅れてくる。「俺の時間とお前の時間は価値が違う」とでも言うかのようなおかしな感覚も、彼にとっては自然なことなのだ。

 前出の森山氏とはまた別の在京キー局の幹部クラス社員の飯島直樹氏(仮名)はこう語る。

「うちは東大卒で出世した人はあまりいないですね。俺は出世して当然、といった感じで泰然としているように見えて、要領よく立ちまわれる人に差をつけられていく。東大卒は、『俺はお前らとは違う』とでも考えているのか、社内で人脈を作らない、独りよがりのタイプが多い。40過ぎくらいまでに現場を外されて、アーカイブの整理とか、テープの管理とか資料室といった閑職にまわされたり、制作会社に出向させられたりする社員が多いんです」

 大手IT機器メーカー勤務の小川貴史氏(仮名)が接する東大卒は少々やっかいだ。小川氏の事務所では、個々の社員の席は決まっていない。パソコン類やオフィス用品は、帰宅する際にロッカーにしまっておき、出社してからおのおのがロッカーからパソコンを出し、仕事をしたい机で、勝手に仕事をはじめるシステムになっている。

「東大卒の社員は、年齢に関係なく、なぜか自分の机に固執するんですよ。早く出社した社員が、前日その東大卒の社員が座っていた場所で仕事をしていると、ボケーッとしてずっとその後ろで立ち続けているんです。仕事を始めないのか聞くと、『ここは私の席です、ここじゃないと能率が上がらないんです』と答える。こうなったら、もう絶対に自分の考えを曲げないんですよ」

 決められたことをやるのには強い東大卒だが、いまの世の中それだけでは通用しない。これまで40代から50代の人々を中心に紹介してきたが、彼らが入社したのは'80年代から'90年代前半で日本の景気は右肩上がり。その当時は、決められた業務をこなし、前例にのっとってソツなくこなしていけば業績を伸ばすことはさほど難しくなかった。しかし、昨今の情勢は厳しい。前出の城氏はこう解説する。

「官僚に必要なのは、目の前の課題に対し前例のなかから最も効率的な解決策を組み立てる能力。こうした能力を社会が求めていたのは、バブルが崩壊するまでです。その後は政治、経済、社会体制ふくめて戦後日本が一貫して続けてきたものが制度疲労を起こして通用しなくなってしまった。現場レベルでも同様で、なんとか新しいやり方を見出すための努力を続けている。しかし、残念ながら東大生には新たに切り拓く力はない。東大卒のブランド価値が低下しているのもそのためです」

 また、いままさに就職活動中の東大生の中にも、将来の寂しい姿が見え隠れする学生がいるという。就活事情に詳しい人材コンサルタントの常見陽平氏は語る。

「ダメな東大生というのは、独善的ですよね。こういう東大生はグループディスカッションをさせると、他人の話を聞かなかったり、自分の意見に従わせたり、見下す傾向があります。

 このタイプは管理職になっても、まったく部下がついてきません。なまじ頭がいいから、人の話を理解しようという姿勢に欠けているのではないでしょうか」

 ちなみにかつては東大卒といえば官僚の道を選ぶのがひとつの王道だったが、いまは様子が違うようだ。常見氏は続ける。

「最近は、東大の中でもトップクラスの学生は就職を希望しません。いまの東大生にとってカッコいいのは、NPOを立ち上げることです。官僚として国家を動かすのではなく、NPOで地域の活性化をやったり、貧困の問題に取り組んだりする。あるいは起業する。そういう傾向がありますね」

 現在では、トップから落ちる人材が、官僚に流れているということか。

どこまでも東大卒

 いまの会社で出世コースから外れるのなら、よりよい条件をもとめて転職するのも、ひとつの考えだろう。しかし、現実は甘くない。

 人材ヘッドハンティング会社「佐藤人材・サーチ」の佐藤文男代表が語る。

「東大卒で転職を繰り返す人は、えてして他人から吸収しようという謙虚さがありません。こういう人が転職する動機は、決まって自分は職場で正当に評価されていない、というものです。評価されないのは周囲が間違っているからだと考えているのですが、転職しても、同じ理由ですぐにやめてしまう。そうして1~2年の周期で『こま切れ転職』を繰り返していきます。

 30歳、40歳と年齢を重ねてからの転職が厳しいのは、東大卒も同じです。しかも、自分が東大卒であるというプライドは年齢が高くなるほど前面に出る傾向があります。でも、東大卒というだけで大企業に採用されたのは昔の話。特に、昨今はリストラで早期退職に手を上げる東大卒も少なくありませんが、そのなかには同期の中でも出世が遅く、評価されていない人が多くいます。そういう人が転職先で成功するのは現実には難しい。また、いまは中間管理職のポストがどんどん減っていますから、転職は厳しくなる一方です」

 いつまでも、周りが間違っている、自分は正当に評価されていない、と思い続け、プライドが高くて他人の意見を聞きいれられない東大卒。出世の目も消え、転職もできずに、新入社員に「あの人、東大卒らしいよ」とささやかれ、意外そうな目を向けられる。勉強ができるなら民間に行かず、官僚になっていたほうが幸せだったのかもしれない・・・・・・。だが、待てよ、日本はそんな官僚たちのおかげで大変なことになってしまったのだった。東大卒、残念。

「週刊現代」2011年10月22日号より