PHS大手ウィルコムの再建策作りが難航している。その背景として見逃すことができないのが、同社第2位の大株主である京セラの債権をどう扱うかという問題だ。

その京セラの創業者であり、今なおウィルコムの取締役最高顧問の地位にある稲盛和夫氏は2月1日付で、中小企業の再建を支援するために設立された公的組織の企業再生支援機構が更生計画を後押ししている、あの日本航空(JAL)の会長に就任した。
そのことが事態を一層複雑にしている面も否定はできない。
そもそも国家が経営に失敗した企業を安易に救済してはならないという大原則や、本来、中小企業の再建を支援するために設立された公的組織である企業再生支援機構が従業員1000人を抱える大企業ウィルコムを支援する問題については、これまで筆者が指摘してきた。
さらには、「この救済劇の実態がソフトバンクによるウィルコム買収に過ぎず、私企業のM&Aへの公的サポートという色彩が濃い」(ウィルコム中堅幹部)という事実が、事態を混迷させていることがわかった。
まずウィルコムの概要を説明しよう。この会社は、1994年に、日本でPHSサービスが始まる際に参入した3社のひとつ。PHSで現存しているのは、この会社だけだ。母体は、当時の第2電電、現在のKDDIで、「DDIポケット」の社名でスタートした。2001年ごろ廉価な定額の無線データ通信サービスである「AirH"」を導入し、ブームを巻き起こしたこともある。
現在の筆頭株主は、発行済み株式の60%を保有する米プライベート・エクイティ(ファンドの一種)のカーライル・グループだ。そして、第2位と3位には、30%を持つ京セラ、10%を所持するKDDIが名を連ねている。業績に目を移すと、昨年9月の連結中間決算で18億6800万円の純利益を計上しており、一見したところ、健全な会社に映る。
ソフトバンクによる再建策
だが、この会社の経営の問題点は、事業規模に見合わない巨額の負債の存在にある。
関係者によると、同社の負債総額は1850億円程度。内訳をみると、約30の金融機関からの借り入れが1000億円、社債が350億円、通常の企業との取引に伴う一般の債務が約350億円となっている。
そして、このほか、後述する問題の元凶であるが、京セラが150億円の債権を持っているという。この債権には、PHSの端末や基地局などの通信設備の代金が含まれている。
加えて、ライバルの攻勢にさらされて、ウィルコムはユーザーをどんどん奪われている。ウィルコムのPHSの加入契約は、昨年12月末段階で429万9400件。2年前の477万2200件に比べて、実に、47万2800件も加入者を減らした。借金苦に加えて、収入の激減が予想される事態に陥っていると言える。
企業として存続するために、ウィルコムは、この巨額の負債の圧縮、つまり借金減らしを迫られている。そこで、同社は昨年9月、再建方針を発表し、事業再生ADRの手続きに入ることを表明していた。債権カットなどの金融支援がその柱で、私的な手続きで、金融機関にこれを要請する方針を打ち出していたのだ。
とはいえ、再建には、負債の圧縮だけでは不十分。ニューマネーも必要だ。
そこで、同社は今年初めにかけ、私的整理に拘泥し続けるだけではなく、法的整理への切り替えも視野に入れて、ニューマネーを都合してくれる支援先捜しを進めてきた。
リーマンショック後の世界経済の回復の遅れが響いて、様々な企業に要請をしたものの、なかなか応じて貰えるところはなかった。現時点で残った有力な再建プラン案は、ウィルコムのライバルのひとつ、ソフトバンクが150億円程度を投入して再建を主導するというものだけ。これに、投資ファンドのアドバンテッジパートナーズも投融資を行うという。
だが、1月下旬になって、このプランに企業再生支援機構が加わり、250億円の資金を供給する案が浮上したことを、全国紙各紙が報じたことから、事態は大きく混迷することになった。
私企業のM&Aを公的資金で支援するのはおかしい
というのは、ソフトバンクと機構が机を並べて、支援を行うのは筋が通らないからである。例えば、報道によると、ソフトバンクは、ウィルコムの新収益源として期待される次世代PHSを別会社化し、その事業展開を主導するとしている。
この他にも、ウィルコムは、ソフトバンクが1昨年の獲得競争で敗れた2.5ギガヘルツ帯の周波数、場所の確保が困難になっている全国の基地局設置スペースの契約、そして400万人を超すユーザー契約など、魅力的な資産をいくつも保持している。
したがって、「再建案の実態は、ソフトバンクによる当社の買収といった方が的を射ている」(ウィルコム中堅幹部)との批判が渦巻いているのだ。実際、「事実上の私企業のM&Aを、公的な機関である企業再生支援機構が、公的資金を投入して支援するのはおかしい」(政権幹部)との批判が、民主党政権内でもあり、機構は再考を迫られているという。
JALのケースでも、よく指摘される問題だが、機構のような国の出先に過ぎない組織が、経営に失敗した私企業を支援することは、市場を歪める行為だ。
しかも、設立根拠法によると、機構の設立目的は「中小企業の再建の支援」だ。ウィルコムのような大企業の再建支援に乗り出せば、それだけで、JALに続いて、当初の目的を逸脱した行為となってしまうのである。
取材を進めていくと、問題がソフトバンクだけではないことも明らかになった。この再建劇の中で、ウィルコム内部に早くから、ファミリー企業である京セラの債権を保全したいとの意向が働いており、これが再建劇の混迷に拍車をかけているというのだ。
京セラは、PHSの端末や基地局をウィルコムに供給してくれる最有力の取引先である。その京セラの債権をカットの対象にすると、今後のウィルコムのビジネス展開が困難になるとのロジックを主張し、その債券の保全を正当化しようとしているという。
機構が主導したJALの法的整理のケースで、それまで認められなかった一般債権の保全が幅広く容認される前例ができたことから、ウィルコム内部の京セラの債権保全論が勢いを得た面もあるらしい。
当の京セラは、金融機関側の要求に応える形で、1月28日に発表した2009年10~12月決算で、保有していたウィルコム株の法的整理に備えて200億円の評価損を計上し、株主責任を明確にする姿勢を示している。
しかし、「『出資と、売掛債権は別だ』との論理は根強い」(前述の中堅幹部)という。仮に、今回は債権カットを免れないとしても、ウィルコムを存続できれば、製品の大口販売先を生き残らせることができ、京セラのメリットは小さくない。
稲盛氏の大きなメリット
さらに事態を複雑にしているのは、民主党政権と機構の要請を受けて、あの稲盛和夫氏がJALの会長に就任してしまったことだ。
稲盛氏ほどの人物だから、JALの会長を引き受けた動機は、国のために役立ちたいとか、旧日本興業銀行や伊藤忠の幹部と連携して財界の本流を抑えてきた日本電信電話(NTT)と対立するKDDIの育成に注力したことから、財界で軽んじられてきた名誉の挽回といったことなのかもしれない。筆者も、そうした見方を否定するつもりは毛頭ない。
しかし、稲盛氏は今なお、ウィルコムの最高顧問だけでなく、京セラの名誉会長もつとめている人物だ。それだけに、機構がウィルコム支援に乗り出した場合に、個人的に享受できる経済的なメリットは計り知れないものがある。
ちなみに、稲盛氏は、個人で680万6000株の京セラ株(発行済み株式の3.56%)を保有する、世界的な大企業の京セラの第7位の大株主なのだ。
ウィルコムの機構への支援要請は、稲盛氏のJAL会長就任論議より早くから行われていたというから、稲盛氏が受けるメリットが取り沙汰されないほうが不思議と言える。稲盛氏は。JAL会長として、週3回程度、無給で勤務するというが、機構のウィルコム支援によって桁違いの財産が保全される可能性が存在するというわけだ。
もし筋を通すとすれば、ウィルコムはソフトバンクの支援も、機構の支援も受けない形の再建策を模索すべきだろう。
少なくとも、ソフトバンクと機構の併存は、避けねばならない。京セラの債権保全も認めるべきではないだろう。そのうえで、「第3の道」を模索するしか、真っ当な再建策は存在しない。ただ、2月25日に債権者集会が予定されており、残された時間は決して多くない。ウィルコムはまさに正念場に直面している。



