吉川尚宏経済の死角

2011年09月16日(金) 吉川尚宏

携帯電話業界の勢力図を塗り替える「プラチナバンド」オークションは透明性を高めよ--総務省新政務三役に課せられた課題--
700MHz, 900MHzを誰にどうやって付与するのか

 こんな状況を想像していただきたい。

 ・現在、東京の都心の一等地に国が土地を保有しており、それをいくつかの借主に提供している。

 ・今回、大規模不動産開発に伴い、借主は別の土地に引越ししてもらう。

 ・引越し費用は新たな借主が負担する。 ただし、新たな借主は既存の借主に提供しうる引越し費用の多寡によって決定される。

 ・引越し費用の上限は2,000億円と定められており、もし複数の入札者の入札金額が上限価格に張り付いた場合、新たな借主は何らかの「比較審査」によって決定される。

 不動産を周波数とみなせば、上記のケースはこれから割り当てが決まる700MHz, 900MHzの周波数付与で想定される状況である。とても奇妙な制度である。最初から新たな借主には一定期間の定期借地権の金額を入札させ、そのお金を原資として、国が既存の借主の移転費用を捻出すればいい。さて、携帯電話版不動産開発はうまくいくであろうか。

携帯電話会社にとって喉から手が出るほど欲しい周波数帯

 総務省は2011年9月6日に700MHz, 900MHzへの参入希望調査の結果を発表した。それによれば携帯電話の大手4社はすべて参入希望を表明した。
http://www.soumu.go.jp/main_content/000127887.pdf

 700MHz,900MHzの周波数帯は通称「プラチナバンド」と呼ばれるほど、携帯電話事業者にとっては価値の高い周波数帯で、特に最近のスマートフォンブームで周波数の逼迫度合いが増してきている携帯電話各社にとっては、喉から手が出るほど欲しい周波数帯でもある。

 この周波数の付与をめぐっては、民主党政権になって以降、オークションを導入しようという機運が高まったが、これは現在、二つの流れの中で議論されている。

 ・誰も利用していない白地の周波数帯で、新たな無線免許人を決定するためにオークションを導入すること

 筆者も構成員として参加している総務省の「周波数オークションに関する懇談会」で議論されており、現在、中間論点整理(案)が提示され、9月12日までパブリックコメントにかけられていた段階である。
http://www.soumu.go.jp/main_content/000125391.pdf

 ・すでに利用者の存在する周波数帯で、別の周波数帯に移行してもらう際に、新たな免1許人を決定するために、「オークションの考え方」を導入すること

 2010年12月14日 に発表された「光の道」構想に関する基本方針では、ワイヤレスブロードバンド事業者による既存の周波数利用者の移行コストの負担に関し、オークションの考え方を取り入れた制度を創設するため、関係法律の改正案を次期通常国会に提出することが提案された。

 それを受けて、2011年3月8日に 電波法改正案が通常国会に提出され、その後、5月26日成立し、8月31日施行に施行されている。この法律の下では携帯電話基地局を開設しようとする者が、既存無線局の周波数移行に要する費用を負担することによって早期にサービスを開始することができるよう、当該費用の負担に関する事項を開設指針の規定事項及び開設計画の記載事項に追加するものである。

制度設計の具体像が情報開示されてない

 後者の「オークションの考え方」を導入した免許の付与方式は、いったいどのような方式になるのか。昨年、筆者は既存の利用者が存在する周波数の移行に際しても、権利を二種類にわけたオークションを実施してはどうかと提案した。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/1729

 電波法改正案は成立したものの、制度設計の具体像については、その後、当局からは全くといってもいいほど情報開示がなされていない。この「オークションの考え方」をどのように適用するかについては、多くの論点が存在し、制度設計には十分な議論が必要と考えられる。白地の周波数帯でのオークションよりも難易度は高いし、また社会的経済的インパクトも大きい。

 実は2011年3月2日に開催された第一回の「周波数オークションに関する懇談会」で平岡総務副大臣(当時)は次のように発言しているにも関わず、当局から制度設計の内容に関する議論は伝わってこない。

「改正案については、技術的に分かりにくい部分もあるかと思うので、法案の内容などについて本懇談会でも説明する機会を持ちたい。一定の手続きを経てここまで来ているので、一定の制約があると思うが、御意見を伺いつつ、その中でより良い執行をしていきたい。」

オークションなのに上限金額を設定する不思議

 ここで、「オークションの考え方」を導入した免許の付与方式の論点について整理してこう。

 1.対象とする周波数帯はどこか?
 暗黙の了解のように、700MHz, 900MHzではこの「オークションの考え方」を導入した免許の付与方式が採用されるものとされているが、実は正式には何も決まっていない。冒頭の不動産のたとえでいえば、東京の丸の内の物件なのか、赤坂の物件なのかも決まっていない状況である。

 2.入札で競っている権利は何なのか?
 一定期間、周波数を利用できる権利なのか、それとも既存利用者と移転の交渉を行う権利なのか? もし前者であるとすれば、白地の周波数帯で新たな免許人を決定するオークションと同じである。入札する企業としては、資産計上すべきものか、費用計上すべきものか、会計的にも悩ましいところであろう。

 3.上限額を設定するのか?
 オークションにも関わらず上限額を設定するのはなぜか? もし複数の入札者が上限額で張り付いた場合、いかにして入札者を決定するのか? 比較審査方式では、過去、たとえばモバイルマルチメディア放送の免許付与プロセスでも見られたような、第三者にはわかりづらい審査が延々と続いたりする懸念もあるが、そうした事態は回避されるのか?

 4.移転費用は誰が誰に対して支払うのか? もし入札金額よりも安かった場合、差額は誰がもらうのか?
 入札金額が2,000億円でも、実際の移転費用は1,000億円であったとすると、差額の1,000億円は入札者に戻すのか、それとも既存の利用者に贈与されるのか? そもそも移転費用は誰が見積もるのか? 既存の利用者は多めに見積もる傾向にあるのではないか?

 5.携帯電話分野における競争政策との関係はどう整理されるのか?
 スマートフォンだけでなく、タブレットPC、フォトフレーム等々、今後も無線サービスへの需要は旺盛であり、大手の携帯電話だけでなく、数多くの情報通信系企業がMVNOの形態を含め、無線サービスに参入したいと考えている。

 携帯電話分野にもドミナント規制は存在するが、この規制の考え方は必ずしもオークション、あるいは「オークションの考え方」に基づく免許付与を想定していない。特にイコールフッティングについてはきちんとした論点の整理が必要であろう。一部の事業者はMVNOユーザ比率やSIMフリー端末比率を免許人選定の指標として採用するよう求めているが、ネットワークのオープン化についても今一度、議論が必要である。

 冒頭の大規模不動産開発のようなケースが700MHz, 900MHzの周波数付与で起こるならば、複数の事業者が上限金額を入札するであろう。なぜなら、入札した後は電波利用料さえ払えば、継続的に周波数を利用できる権利を得られるからである。不動産開発でいえば、既存の借主の移転費用さえ負担すれば、その後は市場価格よりも相当程度安く設定された賃借料を支払うだけですむからである。そして、複数の入札者の選定では透明性の低い「比較審査方式」がまた採用されることになるであろう。

業界の勢力図を大きく変える可能性

 「周波数オークションに関する懇談会」では意見募集やパブリックコメントの募集をすでに3回も実施している。審議の遅さについては構成員である筆者としても内心忸怩たるものがあるが、少なくとも議論はオープンになっている。むしろ、4G(第四世代携帯電話)という、まだ標準化さえなされていない周波数帯をモデルケースとして制度設計を議論することに現実味があるのかどうかが論点となる。

 他方で、「オークションの考え方」を導入した免許付与方式については、もしこれが700MHz, 900MHzで実施されるとなると、携帯電話業界の勢力地図を大きく変えるかもしれないという現実味があるにも関わらず、制度設計に関する議論は全くといっていいほど開示されていない。携帯電話会社の企業価値も左右する課題であるにも関わらず、当局の携帯電話会社の株主に対する配慮は必ずしも十分とはいえない。

 2011年9月の内閣改造で平岡氏は法務大臣に就任しており、結局、「オークションの考え方」の説明を行わないまま、総務省を離れることになった。果たして、平岡氏の約束は新政務三役に引き継がれるのだろうか。今後の当局の動向を見守りたい。

よしかわ・なおひろ A.T. カーニー株式会社プリンシパル 京都大学工学部卒、京都大学大学院工学研究科修士課程修了、ジョージタウン大学大学院修了。NRI野村総合研究所を経て現職。通信、メディア、金融サービス業界を中心に活動。総務省ICT政策タスクフォースメンバー、情報通信審議会委員。著書に「価格戦略入門」(ダイヤモンド社)、「ガラパゴス化する日本」(講談社刊)など多数