セオリー賢者の知恵

2010年12月25日(土) セオリー

吉原 清児:著  『医師がすすめる「最高の名医」+治る病院』 大腸がん・腹腔鏡手術
福長洋介(癌研有明病院 消化器センター外科医長)

大腸がんは手術で治す。ほかのがんと比べて術後の治り具合が良好です
ふくながようすけ
63年兵庫県生まれ。87年大阪市立大学医学部卒業後、第二外科入局。94年大阪市立総合医療センター。08年大阪市立十三市民病院部長。09年ベルランド総合病院部長。10年~現職
外科医歴23年。累積手術数1300例。
 
「まだ上をめざす坂が目の前にある。もうちょっと頑張って上ろうかという感じです」。
次世代を背負って立つがん手術の名手だ 

体にやさしく回復が早い 腹腔鏡手術でがん患者を救う

[取材・文:吉原 清児 写真撮影:森 清]

がんの名医がいる病院はどこか

 食生活の欧米化と高齢化社会が重なり、大腸がんを病む中高年が増え続けている。一年間の新規罹患数は毎年ざっと10万人から11万人。60代にもっとも多発し、次いで50代、70代、40代の順だ。女性より男性に多く、年間死亡者数4万2434人(09年)は肺がん、胃がんに次いで第3位。

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 現在、治療継続中の患者数にいたっては推定で全国23万5000人(男性13万5000人、女性10万人)にも上る。がんを恐れる前に、名医がいる病院はどこかを知っておくべきだろう。

 ゆりかもめ有明駅から徒歩2分。臨海副都心の一角に、癌研有明病院はある。東京・大塚から2005年に移転したが、由緒正しいがん専門病院として80年近い伝統を誇り、とにかく、がんの治療成績がケタ外れに凄い。

 09年一年間の新入院患者数1万4134人、手術6651人、放射線1791人、抗がん剤延べ3万2 94人---どれも国立がん研究センター中央病院を上回り、全国一。

 特にがん手術では胃がん679人、乳がん1056人、子宮頸がん254人、子宮体がん188人、そして大腸がん477人が国内最多を記録した。

 ここに、大阪から大腸がん手術のエキスパートが新たに移籍したのは、2010年4月のことだった。

 消化器センター外科医長の福長洋介医師である。63年生まれ。現・虎の門病院部長の前任者、黒柳洋弥医師も腹腔鏡手術が巧かったが、その上を行くのが福長医師だという。

 ある月曜日の夕方。病院4階医局を訪ねると、彼は開口一番、いった。

「外科医である以上、がん、特に大腸がんは手術で治すという心構えでいます。ほかのがんと比べて、大腸がんは術後の予後(治り具合)が良好です。患者さんが元気に退院して行かれることは、医者として最高に嬉しいことです」

 明るく陽気な話しぶりだ。なんのけれん味もなく、外科医は天職だと語る。

 累積手術数が過去13年間で腹腔鏡800(結腸がん550、直腸がん250)。開腹手術も500以上。

「今は腹腔鏡手術を主に行っていますが、開腹手術も得意技です。

 患者さんの年齢別では60代を中心に50代、70代が多く、若年性大腸がんの19歳男性が1人、20代が数人、30代も10人から20人ほどいます。

 最高齢は93歳男性です」(福長医師)

QOLを重視した腹腔鏡手術が一般化

 人間ドックやがん検診などで「便潜血陽性」を指摘された後に、内視鏡検査で大腸ポリープや早期大腸がんが見つかることが多い。

 たとえば、大腸の一部にできたポリープ(良性腫瘍)には腺腫性ポリープ、過形成性ポリープ、炎症性ポリープなどがある。

 このうちの腺腫性ポリープと一部の過形成性ポリープはがんに変化しやすい性質があるため、内視鏡で切り取る(右の図)。

 一方で大腸がんは粘膜より発生し、粘膜下層、筋層、さらには筋層を超えて腸管外へと浸みこむように増殖していく。これを「浸潤」と呼ぶ。同時に、リンパ節のほか、肝臓、肺など他の臓器に転移を起こし、拡がっていく。

 ちなみにがんが粘膜と粘膜下層の浅い層に留まり、リンパ節転移なしだと「早期大腸がん」。対して、がんが粘膜下層の深い層を超えて浸潤した状態で、腸の外のリンパ節まで転移をきたしたものを「進行大腸がん」と呼ぶ。

「大腸がんがどの程度悪いものであるかを調べる方法は、どこまで浸潤しているか、遠隔転移があるかないかが大事なポイントになります。現在のところ、遠隔転移の判断はレントゲン、CT、超音波などで行います」(同)

 大抵の場合、手術が大腸がん治療の第一選択とされるのは、がんと周囲のリンパ節を完全に取り除き、一番確実にがんを治せるからだ。しかも、大腸がんに対する新手法として、術後のQOL(生活の質)を考慮し、最近は「体にやさしい腹腔鏡手術」(02年保険認可)が全国的に一般化しつつある。

 開腹手術と違い、腹腔鏡大腸がん手術は、お腹に数ヵ所の穴を開けて、医師はそこから特殊な手術器具を入れて操作する方法だ。

腹腔鏡手術の最大の利点は
小さな傷で済むため痛みが少なく回復が早いこと

 具体的には、全身麻酔をかけた後に、腹腔内(腹壁と臓器の間の空間)に炭酸ガスを入れて膨らませ、おへその横から専用の高性能カメラ(腹腔鏡)をさし入れる。と同時に、手術器具の挿入口として5~10mmの小さな穴をお腹の左右数ヵ所に開ける。

手術中は、高性能カメラで腹腔内の様子をモニターに拡大して映し出し、がん病巣と周囲のリンパ節を4~5cmの切開孔からお腹の外へ取り出す。

「この手術は、高性能カメラからの拡大画像を見ながら行えるので、開腹手術では見えにくかった部位や細かい血管や神経まで見えて繊細な手術操作を可能にしました。最大の利点は、何といっても小さな傷で済むために患者さんの術後の痛みが少なく、回復が早いことです。出血量と術後の癒着や腸閉塞が少ないことも利点に挙げられています」(同)

---手術成功率は?

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「九割九分です。今の時代に大腸がん手術で命を落とすことは、ほとんどゼロに近い。ただし、他病死(がんの手術後に他の病気で亡くなる)も含めた大腸がんの5年生存率では、ステージI98%、ステージⅡ85~90%、ステージⅢで80%です」

 1952年生まれの男性Aさんは現役サラリーマン。10年初夏に大腸内視鏡検査を受け、S状結腸がんが見つかった。その1ヵ月後、自分の検査記録と紹介状を持ち、癌研有明病院の初診外来を受診したところ、腹部CTとMRIによる精密検査の結果、がんの進行度は、10人中ほぼ9人は治る「ステージⅡ」。

 この男性患者は、外来通院で手術に必要な検査(血液・心電図・レントゲン・呼吸機能など)を済ませた。3週間後、腹腔鏡手術は2時間半で成功。出血量は、わずか30cc。

 手術当日こそ絶食となったものの、翌朝にはジュースを飲み、歩けた。2日目、昼から五分粥(おやつ付き)が始まり、よく噛んでゆっくり食べた。3日目、シャワーも可。

 4日目、全粥食で運動制限なし。病棟看護師による退院後の生活についての説明を受けた。そして手術から7日後、退院。2週間ほど自宅療養後に職場復帰を果たしたのだった。

「この方は平均的なパターンです。前は手術待ちが1ヵ月以上と長かったのですが、10年4月から手術室を15室に拡張し、初診外来から手術までが大体、2~3週間です」(同)

恩師との出会いが腹腔鏡人生へ導く

 兵庫県宝塚市生まれの福長医師はサラリーマン家庭に育った。医者を志した理由について聞くと、「医学に対する憧れは子どもの頃からありました。病気で困っている人を助ける医者になりたいと漠然と考えていたんです。今ですか? 医者になってよかったと確信しています」 といった。

大腸がん腹腔鏡手術は高性能カメラからの拡大画像を見ながら行う。この手術の患者の病名はS状結腸がん。左端が福長医師

 外科医歴23年。その充足感をもたらした最大要因は、力量、幸運、時代の追い風という、3つの成功の条件に恵まれたことだ。

 医師8年目に出会い、一流の腕をもつ消化器外科医に鍛えてくれた師匠がいた。食道がん腹腔鏡手術の第一人者、東野正幸医師(現・南大阪病院消化器外科顧問・大阪医科大学臨床教授)である。最初の出会いは、母校の大阪市立大学病院から大阪市立総合医療センターへ異動した94年、福長31歳の時だった。

「恩師、東野先生は大学同門で15年先輩です。当時は腹腔鏡手術が注目され始めた頃で、外科のトップだった東野先生に『お前は大腸がんを腹腔鏡中心でやれ』といわれた。駆け出しの外科医として私も< 腹腔鏡はいい手術だ >と直感していたので、ラッキーでした。わが師匠は、よくいえば、カリスマ性と包容力がある人です。

 悪くいえば、アバウトでいい加減(笑)。弟子の僕らには、ま、好きにやれみたいな感じでやらしてくれた。そういうアバウトなところが、かえってよかった。恩師との出会いがなかったら、小さな病院の一外科医として生きていたでしょう。おかげで良き人生を得られたと感謝しています」

 その後14年間、東野が率いる外科チームで腕を磨くうち、同業の外科医の間では「大腸がん腹腔鏡の福長」と呼ばれ始めた。

 話は前後するが、1987年にフランスで始まった腹腔鏡手術は、いち早く米国で注目され、90年前後からは世界中に広まった。92年6月、同手術を日本に導入した先駆者で慶應義塾大学チームの大上正裕医師(00年死去)と、渡邊昌彦医師(現・北里大学教授)がコンビを組み、大腸がん腹腔鏡手術の国内第一号を成功させた。その10年後に福長は上京して渡邊医師直伝の技を学んだという。

「39歳の時、渡邊先生のもとで3ヵ月間勉強させてもらったことは、貴重な経験でした。渡邊先生は第二の恩師です」(同)

「より正確に、より安全に」をモットーとした恩師・東野の一言と、今大腸がん腹腔鏡手術第一人者と呼ばれる渡邊との邂逅。「ほんまに運がええんですよ、僕は」と福長医師。 福長医師に座右の銘はあるかと訊くと、大阪弁訛りで「そんなカッコいい言葉は絶対思いつかへんのやけど」と少し考え、いった。

「僕は、小さい頃、祖父母に可愛がられた。孫の目にも夫婦仲が良く、祖母が『うちのおじいちゃんは辛抱強い人や』と口癖のように褒めていました。今思えば、黙って辛抱する心は人間の美徳だと教えられた。座右の銘という感じより、好きな言葉は、辛抱です」

 福長医師が「この先生は巧い」と推した主な顔ぶれは8人。

 前述した北里大学病院の渡邊教授と虎の門病院の黒柳部長の2人のほか、慶應義塾大学病院(東京都)の長谷川博俊講師、埼玉医科大学国際医療センター(埼玉県)の山口茂樹教授、大阪医科大学附属病院(大阪府)の奥田準二准教授、大阪大学医学部附属病院(同)の関本貢嗣准教授、京都大学医学部附属病院(京都府)の坂井義治教授、京都府立医科大学附属病院(同)の國場幸均准教授。

著者:吉原 清児 (よしはら・きよし)
 
1948年、兵庫県神戸市生まれ。早稲田大学卒。
医療ジャーナリストとして、講談社、文藝芸春秋など各メディアで幅広く執筆・発言している。
患者と医師の生の声を聞く丁寧な取材を身上に、病院の選び方、治療最前線ルポなど著作多数。
1999年以来、医療サイト「理想の病院」を主宰。
 
主な著書に『名医がすすめる最高の「がんの名医」550人+治る病院』『医師がすすめる最高の名医+治る病院』2005年版2006~2007年版2008年決定版、『家に帰りたい! 家で死にたい!』『がん医療の選び方』(いずれも講談社刊)などがある。

 

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