週刊現代永田町ディープスロート

2010年12月16日(木) 週刊現代

民主党は「日本の理系」を殺す気か
このままじゃ、日本は2番どころか20番になる

「必殺仕分け人」の異名を取った蓮舫氏(右)。日本の未来まで殺さないで
(行政刷新会議HPより)

iPS細胞研究、がんの最先端治療、はやぶさ・・・みんなカットって!?

 今年のノーベル化学賞を受賞した鈴木章北大名誉教授は「教育もサイエンスも、国は長い目で見てほしい」と要望した。数ヵ月先すら見えない民主党政権にとって、それは土台無理な注文だったのか。

「はやぶさ」より子ども手当?

「スクラップ&ビルドという言葉がありますが、民主党がやっているのはスクラップだけです。事業仕分けで科学技術関連予算をどんどん削って、浮かせたカネは子ども手当でバラ撒く。子ども手当の今年度予算2兆2500億円に対して、『はやぶさ』の製造費は127億円。

 どちらが日本という国を元気づけ、子どもたちに希望を与えたか一目瞭然でしょう。仕分けを担当した蓮舫行政刷新担当大臣や枝野幸男幹事長代理は勉強もしていないし、民主党自体にも『これからの日本をこうしていく』というビジョンがない。非常に絶望的な思いです」

 『メタルカラーの時代』など、科学技術分野で活躍するノンフィクション作家の山根一眞氏は、現在の民主党の「理系軽視」の姿勢をそう嘆いた。

 昨年11月に行われた第1回事業仕分けで、蓮舫氏の「1番じゃなきゃダメなんですか。2位じゃダメなんですか」という発言が科学者たちの猛反発を受けたのを記憶している人は多いだろう。あれから1年、民主党政権への期待は完全にしぼみ、菅・仙谷両氏を筆頭に迷走を繰り返す姿には「自分たちこそ仕分けたらどうか」という溜息が出ようというもの。

 だが、冗談を言っている場合ではない。民主党が政権にいるかぎり、日本の科学技術はどんどん世界から取り残されていく。今この瞬間にも、新技術開発とその特許を巡る国家間の競争が行われているのである。

 本誌は今回、現場の第一線で活躍する科学者や医師の声を聞いたが、それを紹介する前に、現在の日本で科学技術分野がどんな扱いを受けているか、世界との比較を簡単に示しておく。

 今年4月に文科省がまとめた「科学技術・学術政策について」という資料がある。この資料の「我が国の研究活動の現状 主要国等の科学技術関係予算の推移」という項目には、こんな警句が踊る。

「主要国に比べ、我が国の科学技術関係予算の伸びは低調であり、極めて憂慮すべき状況」

 さらに、'00年度の科学技術関係予算を100とし、それぞれの国の伸び率を表したグラフも掲載されている。それによると、日本108('09年度)に対し、中国436('07年度)、韓国245('08年度)、EU15ヵ国211('07年度)、アメリカ163('08年度)。つまり、この10年近くの間に、中国が科学技術関連予算を4倍以上に増やしたにもかかわらず、日本は1割弱しか増えていない。

 それどころか、民主党政権になって、今年度の科学技術振興費は27年ぶりに前年割れ。科学技術関係予算も5兆463億円から4兆1770億円に減った。また、政府が全省庁に一律10%の予算カットを命じたことにより、来年度の概算要求ではこれが3兆6360億円にまで減少(地方分を除く)。

 もちろん、無駄削減は進めるべきだが、他国が科学技術関係予算を増やすなかにあって、このままでは科学技術立国・日本は2番どころか20番になってしまう可能性が高い。

中国・韓国に研究者が流出

 iPS細胞研究で京都大学と並ぶ権威である慶応大学医学部総合医科学研究センターの八代嘉美特別研究助教が語る。

「民主党政権には理系の人が多いので、おカネを切り詰めるだけでなく、複雑な補助金制度を見直してくれるんじゃないかという期待もありました。しかし、実際には予算を切ることばかりで残念です。

 たとえば、仕分けで『縮減』という判定を受けた『特別研究員事業』という制度があります。これは博士課程の学生や博士研究員(ポスドク)に補助金を出して、研究に専念してもらうという制度ですが、『政策コンテスト』でも低く評価されてしまった。

 この制度が縮減されると研究を続けていけない若手が増えるでしょう。国内にいて食えないなら、海外に行こうという若手も少なくありません」

 ポスドクは、大学の正規研究職や教授職というポストが空くまで、研究室で教授たちとともに研究を担う若き研究者たちだ。しかし、大学との正規雇用契約がなく、給与の保証すらない。

 そこで日本の将来のため、ポスドクの若者には月額約36万円を補助する。これが「特別研究員事業」の趣旨である。この制度の縮減に際し、ある民間の仕分け人は、仕分け会場でこう断じた。

「たとえば普通に大学を出て、なかなか就職が見つからない人間に生活保護を与えるか、というのと同じ」

 これでは、日本で研究を続けていこうという気にはなれないだろう。優秀な若手ほど、海を渡る傾向が強まるのも当然である。

「東大の物理を学んでいる学生が、自分たちで若手研究者数百人にアンケートを行っています。その結果、『今の状況が続けば、日本には先の見通しがないので、海外へ行く』と答えた人が圧倒的でしたね。

 その主な流出先は韓国と中国でしょう。スーパーコンピュータの予算が事業仕分けで縮減される話が出た途端、韓国の研究所などから研究者に『高給を保証するから、ウチに来ないか』という誘いがあったという話も聞きました」(前出・山根氏)

 現に韓国は'12年までに政府の研究開発投資額を1.5倍('08年比)にする計画を立てているし、中国でも'06年から'20年までの「国家中長期科学技術発展計画」を立て、国家単位で科学技術振興を行っている。

iPS細胞より地デジ優先?

 一方、民主党が考えるのはあくまで目先の政権維持のための人気取りだけ。それが象徴的に表れたのが、小惑星探査機「はやぶさ」を巡るエピソードだ。

 11月16日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は記者会見を開き、「はやぶさ」の持ち帰った微粒子が、小惑星イトカワのものであると発表した。これは、月以外の天体から微粒子を採取した世界初の偉業だ。ところが、民主党は昨年11月の仕分け第1弾で「はやぶさ2」も含めたJAXA予算の大幅削減を決めており、このままでは「はやぶさ2」の打ち上げ('14年度予定)も不可能と見られている。

 そして、この偉業発表から2日後の11月18日、第3弾の事業仕分けで、JAXA予算の再仕分けが行われた。世論の「はやぶさ」支持を前に、枝野氏らはこれまでの舌鋒の鋭さはどこへやら、「宇宙開発の重要性は理解している」などと繰り返すばかりだった。

 ちなみに「はやぶさ」が持ち帰ったイトカワの微粒子は今後、大型放射光施設「スプリング8」を使って更なる解析作業が行われるが、こちらも予算削減対象。世界的に有名な施設にもかかわらず、この夏などは電気代の節約のため、稼働を停止せざるを得なかったほど、運営費は逼迫している。

 民主党政権の「日本の理系」に対する無理解は、事業仕分けだけではない。

 民主党は当初、「健康長寿社会実現のためのライフ・イノベーションプロジェクト」として232億円余りの予算を組んで、iPS細胞を用いた再生医療やワクチンを使ったがん最先端治療の研究などに充てる予定だった。

 ところが、この予算をいったんゼロにし、代わりに、菅総理の肝煎りで「元気な日本復活特別枠」という形で政策コンテストを行うことになった。要するに、iPS細胞研究やがんワクチン研究も、コンテストで認められないと予算が削減されてしまうのだ。

 そのため、山中伸弥教授が所長を務める京都大学iPS細胞研究所でさえ、予算獲得のため、政府に研究の必要性を訴える投書(パブリック・コメント)をしてほしいというお願いを行ったほど。常識的に考えて、日本のキラーコンテンツであるiPS細胞の研究予算が削られるとは想像しにくいが、この仕組みではそれもあり得るというから驚く。

 内科医で東京大学医科学研究所の上昌広特任教授が解説する。

「民主党の厚労部門会議が政策コンテストに推薦したのは、最低賃金補償、地域の医師確保などバラ撒き型のものばかりです。iPS細胞やがんワクチンのような、これからの日本の成長戦略に必要なものをまったく理解していません。だから、厚労省の最優先課題にも入りませんでした。

 経産省も一応、ライフ・イノベーション関連の予算を要求しましたが、省として本筋ではない。その結果、iPS細胞もがんワクチンも政策コンテストでは下から2番目の評価しか得られなかったのです。

 iPS細胞の山中氏、がんワクチン・ゲノム研究の東大ヒトゲノム解析センター・中村祐輔教授は、ともにノーベル賞候補。世界の研究者たちは、『あのヤマナカやナカムラがやっている研究を、日本がコンテストで落とすなんて大笑いだな』という思いで見ているはずです」

 このコンテストでは、先の「はやぶさ2」の開発費約30億円も対象になり、上から2番目のB判定に。ちなみに米軍への「思いやり予算」や地デジ普及のためのチューナー支援などがA判定だった。この結果は来年度予算に反映されるが、世界のトップを競っている研究者たちが、国内のコンテストで敗れるなど、シャレにもならない。

ダメージは10年後に出る

 それがどれくらい日本の損失になるか、がんワクチン研究について考えればよくわかる。

 内閣府に首相直轄の総合科学技術会議という組織がある。'01年の省庁再編の際に作られたもので、その年にどういう科学政策に重点を置くかを決める重要な会議だ。

 なお、会議のメンバーには議長を務める菅総理の母校・宇部高校の先輩にあたる京都大学客員教授の本庶佑氏や、これまた菅氏の母校・東京工業大学の相澤益男元学長が入っており、菅氏は「お仲間」に任せきりという批判もある。

 その「お仲間」たちが行った「平成23年度概算要求における科学・技術関係施策の優先度判定」で、がんワクチン研究は4段階評価で最低の評価だった。

「今年4月にアメリカで初めて承認された『プロべンジ』というがんワクチンは、アメリカ国内だけで年間1500億円の売り上げが見込まれます。特許は最低10年は有効ですから、やがて世界で承認されれば、この新薬だけで5兆円程度の売り上げになる計算です。だから各国とも新薬の特許を取るのに必死。

 日本でがんワクチンの治験を行っているのは一社だけですが、この会社にはフランスやカナダ、シンガポール政府が補助金を出して、自国で特許を持とうとしている。それに比べて、日本では総理のお膝元の総合科学技術会議が、こういう最先端治療を評価せず、自分たちの研究分野を優先課題にしているのです」(前出・上教授)

 言うまでもないが、日々の研究を繰り返すことでしか科学技術の進歩は得られない。民主党政権が誕生して1年3ヵ月余り、この間の科学技術分野の停滞は、後々まで大きな禍根を残すだろう。スーパーコンピュータでがんの新薬を開発している東京大学先端科学技術研究センターの児玉龍彦教授はこう危惧する。

「我々がスパコンを使って開発に取り組んでいる、副作用の小さい第3世代の抗体医薬品は、10年後くらいに医薬品として完成するでしょう。だから、スパコンの予算を削っても、日本が世界のトップグループにあるこの分野に、すぐには影響は出ません。本当に大きなダメージが見えてくるのは10年後くらいからです」

 10年後、民主党という政党は消滅しているかもしれない。しかし、「日本の理系」を殺そうとした罪が消えることはない。