東大理系─── テストが出来るだけなら、入らないほうが安全
次元が違う人たち
「研究において最高のパワーは、東大理系の学生たち。世界で最も優秀な集団です。これほど基礎学力を持ち、当たり外れのない集団は世界でも他にはない」
工学部4年生の井川一樹氏(上)と工学部3年生の中原優也氏(下)量子コンピュータの研究で世界最先端と言われ、ノーベル賞候補の一人に挙げられている、東京大学工学部・古澤明教授の言葉だ。
ならば東大理系出身者によって、続々と世界最先端の研究や技術開発がなされているかと思いきや、思い浮かべてみても、意外と浮かんでこない。
確かに東大OBには、政官財のリーダーたちがずらりと名を連ねる。しかし国を動かす官僚にしても、採用時は文系理系で半々なのに、トップの事務次官の9割以上は東大法学部出身者と、驚くほどの差があるのだ。世界で最も優秀な集団は、いったい何をしているのだろうか。
東大理系の学生を取材してみると、やはり世界レベルでも伍して戦える“才人”や“天才”がたくさんいた。
昨年、リクルートが主催したウェブアプリケーションの開発コンテストで特別賞を受賞した工学部システム創成学科4年の井川一樹(いかわかずき)氏(23歳)。ブログなどのウェブ上のテキストデータを数値に変換する「自然言語処理」で賞を受けたが、ほかに受賞したのは最先端のITベンチャー企業ばかりだった。
井川氏は中高一貫の桐朋(とうほう)学園出身。中学時代からパソコンを始め、高校生のときには数学で、全国のトップクラスの生徒たちが挑戦する数学雑誌『大学への数学』の問題を解き、パソコンで検算していたという。
「東大を受験したのは、高2から成績が上がってきて、『意外に狙えるんじゃないかな』と思ったからです。
将来僕は研究や開発だけでなく、経営側にも回りたいと思っているので、経営も学べる今の学科を選びました。工学部ではちょっと変わっているところでもありますが、幅広い学科の選択肢があるのは東大のいいところだと思います。
ゆくゆくは起業するか、コンサルに入り、夜は自分でコンピュータを動かして副業もしたいですね。
たとえば、世界中のブログに書かれた日経平均株価についての肯定的な形容詞を、チェックしていくプログラムを作ったら面白いと思っています」
理学部数学科4年の栗林司(くりばやしつかさ)氏(22歳)も、世界レベルの人材だ。'05年の数学オリンピック・メキシコ大会では、日本人史上初の満点を記録した。
「数学オリンピックは2日間で、合計6問に9時間かけます。東大入試の数学も全6問で、時間は2時間半。忙しいテストですが、東大入試はやはり比較にならないくらいやさしかった。
起きている時間は常に頭の片隅にいくつかの数学の問題をストックしていて、少しずつ考えているという感じです。お風呂に入りながら、『あ、解けた』なんてやっています。
僕は中高と筑波大附属駒場でしたが、中1の頃から数学者になりたいと思っていました。東大に入って良かったのは、同じような考えで入学してくる同級生が結構いることです」
志が低い人には苦痛
こういった“天才”や“才人”は多いものの、皆が皆ではないというのが現実だ。 大多数の学生は必死に勉強して東大理系に入学し、さらに四苦八苦しながら大 学生活についていく。
理科2類1年の中岡菜々子氏(18歳)が語る。
「1~2年の教養課程の後に、『進学振り分け』で自分の行きたい学部・学科を 選ぶのですが、行き先は2年間の単位の平均点で決まります。医学部、理学部物理学科、工学部航空宇宙工学科といった人気の学部・学科に進学するには、 かなり高い平均点が必要です。だから入学したとたん、また受験みたいにハー ドな勉強生活が始まるんです。
前期では、必修と選択で20科目ほどありました。忙しいときは、朝1限から夕方までびっしり授業に出ています。
うっすらとですが目指しているのは医学部です。でも、理2から医学部に行くには、ほとんどの単位で90点以上とる必要がある。また、ほかにも可能性を模索したいので、環境やビジネスなどさまざまなジャンルの勉強をする『三文会(さんもんかい)』に入りました。
『1年生の女子が積極的ですごいね』と驚かれています。
私はチアリーダーをやりたくて応援部に入ったんですが、部活を最優先にしな ければならず、他に色々なことにも挑戦したかったので悩んだ末、半年で辞めました」
ただし、すべての東大生が、彼女のように意欲的に勉強をこなしているわけではない。授業が多く、思った以上に大変なので、教養課程で落ちこぼれてしまう学生もいる。東大に入ったとたんに燃え尽き、「東大までの人」になってしまうのだ。
「まるでカメラのように記憶力がすごい人、数学の新しい公理や定理を発見してしまう人、はたまた、ちょっと信じがたい量の勉強をあっけなくこなしてしまう人。東大に入って自分以上の才能に驚き、自信をなくす学生も少なくない。それで早々と努力をやめてしまい、サークルやバイト、遊びに励んだ学生も、僕のまわりには3~4割います」(工学部3年男子)
教養課程が終わり進振りが決定してからは、さらにハードな学業生活が始まる。専門課程に入り、内容もますます難しくなる。
「化学系では、3年生は昼から夜まで毎日実験。4年生だと、これが一日中になります。朝9時から、夜中の11~12時までが普通。遊んだり、バイトをする時間はまったくありません。奨学金を借りる学生もかなり多い」(工学部4年生)
理系では、専門課程を学ぶのに3~4年の2年間では短かすぎるため、ほとんどの学生が大学院の修士に進む。担当教授との関係も密になる研究生活は、想像以上の厳しさだ。
「ノルマが厳しくて、学生が過労で倒れ、救急車で運ばれる研究室もあります。多いときには月に1回のペースだとか。労働力として教授の好きに使われている感じがあります。学生が論文を書けば、教授の実績になるからです。
拘束時間も長いし、教授のプレッシャーに耐えられない人も出る。だから私の研究室も、年に一人は鬱病(うつびょう)で辞めていくなど、ボロボロ落ちていきます」(理学系修士2年生)
しかし、この研究者養成コースに加わって苦労を重ねたにもかかわらず、その先の博士課程に進学する学生は、年々減っているという。なぜか?
「博士課程に進むのは、学部や学科によりますが、平均して2割かそれ以下ではないでしょうか。博士課程を終えても、国立大学の独立行政法人化でコストカットを余儀なくされ、若手の研究職ほど大幅にポストを削減されているからです。
今、東大内で余っているポストは皆無と言っていいし、他の国立大でも減っている。10年以上前は30歳前で助教になれたのに、今は30代後半になってやっと。『それでも十分ラッキーなほう』という話を聞きます」(工学部准(じゅん)教授)
出世は期待できない
このような背景から、修士学生の8割くらいが就職するのだという。
「理系は就職に強いと言われますが、給料など待遇面は決していいとは思えません。工学部には、研究室の推薦でメーカーに就職できる学科もあるようですが、官僚の世界と同じで、出世は期待できない。
研究者として民間企業に就職しても、『管理をするのは文系で、理系は安い給料でこき使われる。それが現実だ』と先輩から聞きます。だから、『大して勉強もしていない文系に搾取されたくない』という声は学生の間でも多く、金融やコンサルなどに文系就職をする学生が増えているのです」(工学部4年男子)
研究の道に進むにしろ、就職するにしろ、厳しい壁がある東大理系だが、では、「東大からの人」と「東大までの人」では、何が違うのだろうか。ある学生の例を見てみよう。
大学ロボットコンテストで'04年~'05年と2連覇を果たしたサークル「東大RoboTech(ロボテック)」で今期の部長を務めている工学部機械工学科3年の中原優也(ゆうや)氏(21歳)。彼は今、部員40名を束ね、日々、新型ロボットの開発に励んでいる。
「いつも本気で優勝を目指しているので、限られた時間の中で部員みんなのアイディアを集めてコンセプトを作り、それぞれがやりたい箇所を担当します。壁にぶつかれば、学年の差に遠慮することなく徹底的に議論し、限界まで挑戦して必死に乗り越えます。ひとつのモノをみんなで作り上げていくのは、驚くほどの喜びがあります」
RoboTech顧問の國吉(くによし)康夫工学部教授は言う。
「サークルなので、学生たちが活動の一切を仕切り、少ない予算の中、きちんと責任を持って運営しています。チームで行う活動の中では、いろいろな能力が必要とされますから、どの学生も生き生きとして自分が貢献できる分野で能力を発揮する。必要なのは、主体的な活躍の場なのではないかと思います。技術面でも、『こんなことができるのか!』と、大学院の研究を超えるすごい技術を開発し、驚かされることもあります。やるからには、限界まで考え抜いて、挑戦することが大事です」
「東大からの人」は、主体性やチャレンジ精神を持ち続けられる人なのだ。
「東大からの人」も場所がない
一方で、優れた頭脳たる東大理系を取り巻く環境は、恵まれているとは言えず、「東大からの人」が活躍したくてもできない、そんな閉塞感があるという。
元東大医学部教授で、政策研究大学院大学教授の黒川清氏は、まずは企業の採用姿勢を批判する。
「博士号を持った人材は使いにくいと言う経営者がいますが、とんでもない。むしろ博士号を持つ社員は、給与を倍にしてもいい。
成功戦略が明確で、同じことを続ければうまくいく時代はもう終わったんです。使いやすい人材を採る昔の仕組みでは、日本はもう成長できない。博士を活用できるような企業でなければ、先の見えないこれからの時代は生き残れないでしょう」
黒川氏は、東大で博士号を取って渡米、アメリカで研究を続け、UCLA医学部の内科教授を務めた異色の経歴の持ち主だ。グローバルスタンダードを肌で体感しているから、日本のゆがみも見えるという。
「東大を始めとして、研究環境がまずおかしい。欧米では博士も、自分の研究室から出た人は採用しないのがルール。いつまでたっても、自立した研究者になれないからです。
そもそも大学は、研究を通して次世代の人材を育てるところ。ハーバードやMIT、中国の清華大学などが世界で評価される理由は、いい人材を輩出する大学だからです。博士を外に出せば、人材が世界に広がってゆき、評判が作られる。でも、日本は教授のクローンを作っているだけで、評判も生まれない。『東大からの人』が活躍できる場が、できていかないのです」
実際に、ある准教授からは次のような話が聞けた。
「実は東大理系のポストは、欧米の研究者には、『研究キャリアの終着駅』だと思われている。これまで東大の職を求めてきていた人は、欧米では都(みやこ)落ちと思われていました」
数物連携宇宙研究機構(IPMU)長の村山斉教授(上)と、新たに建てられた研究棟しかし、東大の新しい試みも始まっている。文部科学省が無作為抽出で世界の研究者にアンケート調査を行った結果、7割の研究者が「ぜひここに行きたい」と答えた研究拠点が、'07年に東大にできたのだ。東京大学を拠点とする数物連携宇宙研究機構「IPMU」である。機構長の村山斉(ひとし)教授(46歳)が言う。
「私の研究テーマは、宇宙の基本法則を見つけること。すでにわかっていることではなくて、現代の人間には何がわかっていないのか、ということを発信したい。そうすれば、若い学生は、もっとワクワクできるんじゃないかな、と」
約10年で合計100億円もの予算が、提案者である村山氏に委ねられた異例の機構だ。
「実は提案が通って一番驚いたのは、私でした。どうせ承認されないと思っていたからです。日本は40代の人間にそれだけのお金を任せるような国ではなかったですからね」
何より従来の研究所とはすべてが違う。在籍研究者の約半分は外国人で、議論は英語。上下関係もなく、教授会もなく、文理融合。画期的な研究体制なのだ。
村山教授は東大で理学博士号を取得、東北大からカリフォルニア大学バークレイ校教授などを経て、'07年より現職に就いている。
「小学2年生の頃、微積分を理解した」という、世界を知る天才肌の研究者である。
もう中国には負けている
「東大の物理学科にいた頃も、学生が集まる通称『タコ部屋』で、いろいろと刺激しあい、教えあいました。
しかし、やはりアメリカに渡って驚いたのは、向こうの明るく活気のある雰囲気。セミナーで発表しても、びしびし質問や意見が飛び、フィードバックがある。
初めてアメリカの学会に出たときは、私は無名のペーペー。ところが、研究を発表すると、あとでいろんな人が寄ってきて、面白かった、よくやっている、頑張れ、と声をかけてくれた。それまで論文を読んで尊敬していた先生までもが来てくれたんです。
しかし私の次に、すごく偉い先生が研究の話をしたらブーイングの嵐。つまらない、と。偉くても、今いい仕事をしていないなら容赦なく叩く。これは日本と逆ですよね。皆が対等で、ものすごくフェアなんです。若者を分け隔てなく勇気づけ育てようという精神に、感銘を受けたものです」
民間企業でも、新たな挑戦が行われている。技術基盤を持った東大理系ベンチャーの登場だ。藤澤智光氏(40歳)は工学博士を取得し、生産技術研究所研究員を経て、'04年にプロメテック・ソフトウェア社を設立。粒子法というシミュレーション技術を駆使し、複雑な構造の製品設計や、ハイクオリティなCG市場の拡大を目指している。現在の従業員は16名で東大理系出身者も多い。
プロメテック・ソフトウェアを設立した藤澤智光氏。オフィスは東大の構内にある「起業して1年くらいの頃は、日に日に資本金が減っていきとても苦しい時期でした。しかし当時、献身的に仕事をしてくれて助けてくれたのが、東大の学生アルバイトだったのです。修士や博士課程の10人くらいが、月に3万円ほどのギャラしか払えなかったにもかかわらず、面白がって創造的な仕事をしてくれた。こういう仕事をやらせてもらえて楽しい、と言ってくれたのです。
彼らの生き生きと頼もしい姿を見て、学生が自分たちの学習成果を社会にフィードバックする、こういう取り組みも大切だと感じました」
同社の競合相手は海外の企業だが、特にアメリカや中国、韓国では、巨額の軍関係の予算がつき、国策で猛烈なスピードで発展しているという。
「事業仕分けでスパコンが問題になりましたが、どれだけ低次元の議論をしているんだと、頭がクラクラしました。スパコンを押さえれば、CPU、メモリ、LSIなど、多くの産業への波及効果が生まれる。だから、各国がしのぎを削って競争しているんです。
日本がこうしている間に、中国や韓国、台湾は、もう日本以上に力をつけてきています。たとえばGPUコンピューティングという次世代の技術で、最速のものを作ったのはなんと中国です」
世界規模で死ぬか生きるかという戦いをしている中で、「日本には国として、科学と技術でどんな戦略を採るかというビジョンすらない。このままでは本当に後進国になってしまいかねない」と危惧していた。
東大理系の学生の中にも、国家戦略が欠如した日本行政への違和感や、中国、韓国の追い上げを心配している学生がいた。たとえ給料が少なくてもモノづくりを支えたいと、堂々と語る学生もいた。比較的楽な学科にいるため、勉強が不足していると危機感を持っている学生もいた。取材に答える姿勢も含め、きわめてまっとうな学生ばかりだった。
東大に入れば安泰(あんたい)、などという時代はとうの昔に終わっている。「東大までの人」ではなく「東大からの人」が溢れるよう期待したいし、それを生み出す戦略がますます必要になってきているのは間違いないだろう。
〔取材・文:上阪 徹〕
東大文型─── 愛読書なし、教養なし、常識なし。不安と失望の4年間
嫌われたくないから
「東大文系は国家官僚を輩出してきましたが、ここ20年で官僚の不祥事が相次ぎ、それがエリート、つまり東大生への世間の風当たりを強くしています。さらに、いまの格差社会では、エリートに対する妬みが強く、東大生が受けるプレッシャーはより重くなっている。テレビに出ているタレントの名前を知らないと『大衆感覚が足りない』と言われるような空気が蔓延する中で、エリートは大衆に媚(こび)を売らなくてはいけない。
そこで、東大生は教養あるエリートと見られることを嫌い、戦略的に普通の学生らしく振る舞うようになった。こうした『普通症候群』の東大生が、『教養からの逃走』へと突き進んでいるのです」
そう語るのは『論争・東大崩壊』の編著者である京都大学名誉教授の竹内洋氏だ。この著作は約10年前に出されたものだが、いまやその『逃走』は当時以上に勢いを増し、本当に教養ゼロの東大生が増えているようだ―――。
東大法学部3年生(21歳)は、身長180cmの美男子。日焼けサロンで焼いたとわかる黒々とした風貌は、いかにも東大生らしくない。彼は、最近まで六本木でホストとして働いていたが、そのきっかけは東大コンプレックスからだった。
「うまくやれば『東大だから』、失敗すれば『東大なのに』と、いつも東大生という色眼鏡で見られることが嫌なんです。だから、東大というブランドを外した自分の価値がどれくらいか知りたくて、ホストをやってみた。お客であるキャバクラ嬢やカネ持ちのおばさんたち相手にやる、真剣勝負の駆け引きは本当にエキサイティング。2カ月で月に100万円売り上げるほどになりました」
経済学部の2年生(20歳)も、東大生というイメージからの脱却を図るべく、麻雀に呆(ほう)けているという。
「入学当初は積極的に授業に出ていましたが、ある日、世界金融危機の構造について他大学の友達に説明していたら『難しい話をするな』と言われたんです。あげくに『お前は勉強ばっかりして、偉くなって、庶民感覚をなくしていくんだろう』と憐(あわ)れむような目で見られた。その時、勉強している東大生は嫌われると気づいて、『それなら、勉強はやめよう』と。いまは週に一度も授業に出ないで、毎日、友達と麻雀ばかりしています」
あまりに子どもっぽい「脱・東大」活動。文学部の4年生(24歳)は、入学早々にキャンパスからドロップアウトした。
「成人式で地元に帰った時、久しぶりに会った友達から『東大生とは会話が合わないから』と敬遠されたんです。勉強より友達が大事だから、東大生に見られないよう、まず学校に行かないことにした。バイトも東大生らしい家庭教師や企業のインターンなどではなく、工事現場で日雇いの力仕事をやっています。もちろんバイト先で大学名を聞かれた時は、『早稲田です』と名乗る。そんなことばかりしているせいか、結局、2年も留年しています。今年卒業して、しばらくはフリーターをやりながら、夢を探したい」
法学部の重厚な建物(左)は、本郷キャンパスの中心、安田講堂の目の前に建つ今回取材した東大生たちには、「一応、東大です」という言葉を使う人が多かった。がり勉イメージをぬぐい去ろうと、東大生はキャンパスから、そして、勉強から遠ざかるのだ。しかし、「その結果、自分の首を絞めて、大学入学後に極端に学力を低下させている学生が多い」という声もある。
東大文系も理系と同様、2年次に、法学部、経済学部などの学部に学生を振り分ける「進学振り分け」がある。
「文系の最高峰は法学部。その進学内定者の第一段階の基準点は、'07年に76.1でしたが、'09年には75.4。過去3年間、右肩下がりなのです」(東大職員)
この数値だけで東大生の教養が低下していると決めつけるのは、早計かもしれない。そこで本誌は東大生50名を対象に、一般常識の問題に回答してもらった。すると“珍回答”が出るわ出るわ・・・・・・。
まずは「日本のGDPはいくらか」という問題。正解は「約500兆円」だが、「40兆~50兆円」という回答も多く、中には「3万円」とか、「5000円」と回答する学生もいた。
半年で新書1冊の読書量
「小泉純一郎元総理大臣の前の総理は誰か」を問う問題では、ほとんどの学生が正解の「森喜朗」と回答。ただし喜朗を「嘉郎」とか「善朗」と誤表記する学生も多く、「麻生太郎」と回答した学生も一人いた。
また、「3.12×0.101」の計算をしてもらったところ、「3.1512」と回答する学生も。この計算式を見て、小数点以下になることは、東大生でなくてもすぐに分かる。正解は「0.31512」である。
成績の平均点は10点満点中の7点。東大生であることを考えると、やや残念な結果である。
「18歳人口が減り、東大の学生数が以前よりも増えている中で、団塊の世代や第2次ベビーブーマーの受験熱が過熱したころよりも、レベルが下がるのは当然です。当時なら東大生になれなかった人が、今、東大に入るようになっていることもあるでしょう。
学力低下は大学院でも顕著。かつて大学院は定員に満たなくても、学力のある学生しか入れなかった。今は学生を確保するため定員数を合格させる。つまり、学力がない人でも入れるようになったのです。私が知る東大の大学院生で、半年で岩波新書を1冊しか読んでいないという学生もいました」(前出・竹内教授)
東大教養学部で18年間、「法と社会と人権ゼミ」を受け持つ川人博弁護士は、こう指摘する。
「中学・高校で、社会問題を友達と議論した経験のある学生はほとんどいないし、1年生の学生の多くは愛読書を持っていません。高校生までの間に感銘を受ける本に出会い、将来の展望を抱いて、そのために東大に入学した、という学生はほとんどいない。
法律家を目指す学生に、死刑について議論させても、一般市民レベルの考え方しか持っていないのが現状です。受験勉強をいくらやっても、教養を積み重ねることはできません」
東京大学駒場キャンパスにひっそりと建つ真新しい建物がある。'08年10月に開設された「初年次活動センター」。教養学部前期課程に通う1~2年生を対象に社会的・学問的経験を充実させるという“名目”で、大学当局が作ったものである。
「いま東大では、カリキュラムを消化できず、大学に来なくなったり留年を繰り返す学生や、『勉強の仕方がわからない』と悩む学生が急増しています。そこで、初年次活動センターを作り、効率の良い勉強の仕方やレポート作成法を指導しているのです」(前出・東大職員)
合格時には希望に溢れていた生徒も、入学後は「心の相談」が必要に・・・・・・勉強の手助けに、大学が取り組み始めているというのだ。対人関係に悩む学生も急増しているということで、去年の12月には「心を豊かに鍛える対人関係」という講演会を開いた。
東大が実施する「学生生活実態調査」では、ここ2年間、「東大生の不安・悩み」という特別分析が行われた。その分析でも、東大に入ってから「東大ブランド」と「勉強」に悩む学生が増加していると指摘。
カリキュラムは消化できるかという問いに対して、「できる」と答えた学生は31.5%。逆にカリキュラムの消化が「多少困難」「できない」と答えた学生は21.8%。4~5人に1人が授業についていけないと感じている。その理由を問うと48.6%の学生が「講義の内容が高度過ぎて理解できない科目がある」と答えているのだ。
さらに、最近の6カ月で「強い不安に襲われた」学生は52.3%、「気分が落ち込んだり、何にも興味を持てなくなった」学生は41.1%にのぼる。希望に満ちて東大に入学したものの、学業の難しさ・高度な授業に直面し、不安や抑うつ感を抱いている―――それが、いま、少なからぬ東大生の姿なのである。
そしていま、「負け組」に落ち込む東大生が増えてきている。
「僕は、“負け組”東大生の代名詞です」
こう言うのは、東大文学部を卒業後、現在はテレフォンアポイントメントなどのアルバイトでフリーター生活を送るT氏(28歳)だ。現在の月収は20万円弱。外資や商社に行った友人から「飲もう」と誘われても、「忙しい」と嘯(うそぶ)いて断っている。バイトのない日は、カネも行く当てもないから、家にひきこもるという。
「学生時代は勉強は皆無、朝から晩まで渋谷でカラオケ、ナンパ、クラブという生活でした。就活では、東京海上や三井住友銀行などを受けましたが、ほとんど一次か二次面接で落ちて、フリーターになるしかなかった。『東大だから安心』と思っていたけど、社会ではもう通用しない。もっと勉強して、頑張っていれば・・・・・・」
就職難の嵐は東大生をも巻き込んでいる。一次面接で軒並み落選、50~60社受けてやっと1社内定などザラである。東大法学部を卒業後、司法試験にも就活にも失敗、現在はフリーターとして暮らすM氏(30歳)が言う。
「親にはまだ司法試験の勉強をしていると嘘をついていますが、学生時代の遊び癖が抜けなくて、なけなしのカネでただ飲んでいるだけの日々です。僕の場合、東大に入った時点で完全燃焼してしまった。努力したくないし、頑張る気力もなくなった。自分のせいだとわかっているし、後悔もしています」
「東大から」は1割しかいない
ただ、今回取材した東大生の中には、「さすが東大」と唸(うな)らせるような逸材もいた。
この春、法学部に進学する2年生(20歳)は、5個以上のゼミに所属する。「ハーバード大学のケースメソッドを学ぶ経営学のゼミ」「国会議員から講義を受ける政治ゼミ」など、その幅も広い。この他にも、東南アジアをフィールドワークする文化人類学の授業や、現役コンサルタントとディベートする自主ゼミにも参加している。
「それでもバイリンガルや留学生と話をしていると、能力の違いに危機感を覚えます。それなのに、東大ではマーク式で答えさせる試験を出す教授がいる。採点が楽なのかもしれないけど、もっとしっかりやって欲しい。世界から見れば『日本一の大学は東大』なのだから、それに恥じない教養は最低限持っていたいし、海外に出た時にとても有利だからこのブランドを利用しない手はない」
公務員試験にトップクラスの成績で合格した法学部の卒業生(29歳)は、こう言う。
「東大には与えられた問題を解く能力だけが高い“受験勉強プロ”が多いけど、教養の高い本当の知識人も1割くらいはいる。こうした人材と議論し、将来を語れるのが東大に行く何よりのメリットです。社会に出てからのほうが、東大という色眼鏡で見られる場面は多いのだから、学生時代から『脱・東大』だなんて将来が思いやられます」
彼はいま霞が関を離れ、各界に散らばる東大生人脈を集めて「新しい社会貢献ビジネス」を始めようと動いている。この二人に共通するのは、高い志を実現させるため、東大をうまく利用しているということだ。
「東大は、約200億円と国立大学の中でも突出した『科学研究費補助金』をもらうなど、国の厚い補助を受けながら、教養を学ぶことができる大学です。その恵まれた環境は、東大生のためだけにあるのでなく、東大に来ることができない多くの国民のためにあるともいえる。だから、東大生にはその特権を享受するだけでなく、社会に還元する公共心が求められるのです。
私は、東大生を長年見てきていますが、常に1~2割ほどの学生は純粋な公共心が強く、国家社会のために働こうという志を持っている。こうした人物が東大内でさらに力を磨いて、社会奉仕に励んで欲しい」(前出・川人弁護士)
東大までの人、東大からの人。どちらに転ぶかで、人生が大きく変わってしまうことだけは、覚えておいたほうがいい。



