現代ビジネス賢者の知恵

2010年01月28日(木) 現代ビジネス

瀬戸内寂聴vs塩野七生「どうやって死にましょうか」
「現代ビジネス」創刊記念対談〔後編〕

リードヘンリー・フォード曰く。「出来ると信じるか、出来ないと信じるか、どちらも結果は完全にその通りになる」当代きっての輝ける二人の女流作家は、一日では語り切れず、二日に渡って語り続けた。自分自身の人生のこと、大作を書き上げたときの高揚感、そしてやさしく鳩山由紀夫首相に対する助言も与えてくれた。いま日本人にとっていちばん必要な精神は、寛容なのである。

 もう長生きはしたくないけれど、やりたいこともある。日本を代表する女流作家が、ローマ時代の英雄の生き様から、現代の大物政治家の有り様までを語り尽くす。

何もかも本当は面倒くさい

塩野 男っ気がなかったら、歴史上の人物だって生き生きと書けません。わたしは2000年以上も前の男に恋情を抱けるんです。書いているときは、彼の胸の筋肉の感触まで感じましたね。

瀬戸内寂聴
せとうち・じゃくちょう 1922年徳島県生まれ。東京女子大学卒業。小説家、比叡山延暦寺禅光坊住職。代表作に『夏の終り』、『花に問え』など。近年は『源氏物語』全10巻をはじめ源氏物語を題材にした著書を多数発表。'06年に文化勲章受章。近著に『わたしの蜻蛉日記』

瀬戸内 えーっ!わたしはやっぱり現実の男のほうがいいわ。だって死んでしまった人間は恋情をかきたてても性愛は不可能でしょ。でもきっとローマ時代の男たちは魅力的なんでしょうね。塩野さんの本を読んだだけでも惚れ惚れする男がいっぱいいますよね。

塩野 わたし、男を見る場合、欠点よりもいいところはどこなんだろうと探すんです。そうすると大抵の男はいい男になってくる。

瀬戸内 たしかにそうね。でもイタリアの男は女に徹底的にサービスしてくれるんでしょう。

塩野 そんなことはありません。あれは伝説です。

瀬戸内 そう?でも映画に出てくるイタリアの男はみんな恋愛のテクニシャンじゃないですか。

塩野 イタリアに77歳でノーベル医学賞をもらった100歳の女の人がいるんです。さすがにしわくちゃだけど、お洒落なんです。頭の回転もきちんとしている。言葉遣いもちゃんとしていて理論的に話す。そして生涯独身だった。その彼女がニュース・キャスターの「どうしてあなたはこういう状態を保っていられるのか」という質問に、「わたしはね、明日やることがわかってるの」と堂々と答えたんで、イタリアの連中は仰天したわけです。

瀬戸内 凄いわね。それはわたしも負けますね。日本でも作家の野上弥生子さんや宇野千代さんは100歳前まで現役で仕事をして立派でしたよ。

塩野七生
しおの・ななみ 1937年東京都生まれ。学習院大学卒業。小説家。イタリアを舞台にした歴史小説を数多く執筆。主な著書に『海の都の物語』、『ローマ人の物語』。'02年、イタリア政府より国家功労勲章を授与され、'07年、文化功労者に。最新刊は共著『ローマで語る』

塩野 そこでわたしも考えたんです。あんなに長生きして立派にいられるのは、常人じゃない。ただごとではない。だから凡人のわたしは体に悪いことをいっぱいして早く死んでやろうって。タバコは吸うわ、お酒は呑むわ、何はやるわ。わたしはあと10年書けたら本望と思っているんです。でもそのあと介護されるなんてまっぴら。若い介護の人に幼稚園児みたいな口調でいろいろいわれたら、わたし憤死するんじゃないかと思ってるんです。

瀬戸内 わたしもそうなったら、相手のおでこんで死にたいね。憤死したい。だけど人間には定命があって、そう思うように死ねないのよ。長生きして老残のみじめをさらすのも人生です。

塩野 寂聴先生は100歳まで生きそうですね。

瀬戸内 いや、もういや。みんな100まで生きるっていうんです。じっさいそうなったらどうしようかと思ってます。いま満で87歳ですよ。この正月で、数えで89歳です。

塩野 だから死ぬようなこと、体に悪いことを全部やればいいんですよ。でも先生はずっとお話しになるのよね。わたしは書くならちょっと自信があるけど、話すことってとてもいや。

瀬戸内 わたしももういや。何もかも本当は面倒くさい。

塩野 でも書いているとき、じっさいはわたし一人なんだけど、自分が書こうとしている人物がいっぱいそこにやってきて一人じゃないんです。

瀬戸内 それは書いて欲しい人があなたに乗り移るからですよ。そういうときは手が勝手に動くでしょう。それがいいのよ。自分の頭で書いているうちはまだ普通なんです。

塩野 あんまり考えないほうがいいみたい。

瀬戸内 あなたはあれだけの大作を書いているのよ。正気じゃ無理でしょう。あれは乗り移っているんです。わたしが『源氏物語』を書いていたときにも、このあたりに紫式部や源氏が来るのよ。何か肩のあたりがほうっと温かくなる。

塩野 たしかにそういうことってありますよね。

瀬戸内 書き出したら、さーっとくっついてくれるの。それで本当にちゃんと自分の思い通りに書けたときには、変な言葉だけどイッた!って感じない?(笑)。それで一気に疲れが飛んでしまう。

塩野 だけどわたしが書いた(ローマの将軍)ユリウス・カエサルは、ガリアに10年くらい遠征していますが、戦争をしている間はセックスが必要ではなかったと思うんです。

瀬戸内 ずーっと精神がイッてるから(笑)。

慎重になりすぎていませんか

塩野 わたし、原稿に向かうと男になっちゃうんです。先生は書き上げたときには、編集者がお祝いしてくれるんですか。

瀬戸内 編集者によりますね。

塩野 それは脱稿したときより書店に並んだときですか。

瀬戸内 やっぱり売れたときじゃない(笑)。担当の女性編集者が泊まり込みで原稿を待ってくれたときは、なんとか仕上がると思わず抱き合って泣いたりする。そのあと、シャンパンで乾杯!

塩野 わたしは先生も師匠もいないし、文壇も関係ないんですが、寂聴先生は丹羽文雄一門なんていわれていましたよね。

瀬戸内 一門って言葉はいやだけれど、丹羽さんのところへ「文学者」の同人にしてもらって行っていました。丹羽さんはお金を出して「文学者」という同人誌をつくって後進の育成をされていたんです。作家でそんなことをされたのは丹羽さん一人です。そこは書き手がお金を出さないでも原稿を載せてくれました。そんなとこってないですよ。

塩野 偉いですね。

瀬戸内 丹羽さんは偉かったのよ。あそこから作家になった人はたくさんいるんです。河野多惠子さん、津村節子さん、吉村昭さん、竹西寛子さん、新田次郎さん、立原正秋さんでしょ。それにわたしでしょ。随分出ているんです。だけどわたしは丹羽さんを一度も文学の先生だと思ったことがないの。文学の世界には師も弟子もないのよ。盆暮れに挨拶に来ていないって、いわゆる弟子たちから悪くいわれていたらしいけれど、行かなかった。

塩野 ああ、なるほどね。そういうことってよくありますよね。

瀬戸内 そのうち、わたしが女流文学賞をもらったんです。丹羽さんも選者の一人として授賞式で挨拶してくれたの。「瀬戸内君はぼくの『文学者』の同人だけど、ぼくを師匠と思ったことは一度もありません」って(笑)。その意気がいいってほめてくれた。

塩野 わたしは丹羽文雄さんってゴルフばかりやっている作家だと思っていたのですが、大した男だったんですね。そういう鷹揚な人ってなかなかいませんよね。

瀬戸内 そうなの。授賞式のとき、わたしの気持ちをわかっていてくれたんだなと思って、胸が熱くなりました。尊敬できる人格の方でした。あなたはずっとイタリアに住むようになられて、何年になるんですか。

塩野 もう40年以上になります。

瀬戸内 外から見ると日本という国がかえってよく見えてくるんだと思うんですよ。どうですか、日本というところは非常に見苦しいでしょう。

塩野 そうですね。何かここではっきりいったほうがいいんじゃないかというときにはっきりいわない。事を荒立てないほうがいいというのが官僚の論理ですけど、それがすべてを支配しているような気がします。だから元気がないように見えます。慎重になりすぎているので、すべてはちっとも前に進まないのです。

瀬戸内 慎重というか、臆病というかね。

塩野 まあ臆病ですね。

小沢さんは容貌コンプレックス

瀬戸内 昨年11月、オバマさんが日本に来たじゃないですか。そのテレビを見ていたら、鳩山由紀夫さん、オバマと遜色なくやっているんですね。まあ、よかったと思っていたら、そのうち鳩山さんがお母さんのお金をもらってたとかでワーッとみんなで叩き出したでしょう。自分たちで選んでおいてすぐダメだダメだといって落とそうとする。あれじゃ政治は続かないですよ。少しやらせてみたらいい。

塩野 減点主義というんですかね。そうじゃなくて、いい面をもっと見たらどうでしょう。よいところもやっぱりありますよ。いまの日本には寛容の精神がこれっぽっちもない。

瀬戸内 そうです。マニフェスト全部をすぐ実現しろといったって、それは無理ですよ。あの中の三つでも四つでもできたら大したものです。だからもうちょっと見てあげなければね。

塩野 マスコミは批判勢力であらねばならないということに縛られている。批判をしないとなんだか自分たちの存在理由がなくなると考えている。それが怖いんでしょう。外国から見て、日本の首相が1年ごとに替わるというのはみっともないことです。小泉政権は5年半持ったんですから、今度も衆議院議員の任期の4年くらいは続けてほしいと思います。

瀬戸内 わたしもそう思います。

塩野 まず鳩山さんは下品ではない。あとは知りません(笑)。でもそれは重要なプラスの面でしょう。

瀬戸内 第一、他国の首脳と並んだとき、背がちゃんと高いからいいですよ(笑)。

塩野 日本人としては高いほうでしょうが、もうちょっと背筋を伸ばしていただきたい。

瀬戸内 それはありますね。

塩野 外国人の中に入るとあれくらいの身長の人はたくさんいますから。

瀬戸内 奥さんが怖いから縮こまっているんじゃないかしら。

塩野 とにかくビシッとしてください。もしかしたら、そうすれば肉体的なことだけではなく日本の政治も背筋がビシッとするかもしれません。

瀬戸内 いつだったか、小沢一郎さんが、寂庵に来たことがあるんです。わたしのことだから、初対面なのに「あなたは容貌コンプレックスがおありなんですか」って訊いてしまったの。そしたら向こうはもじもじして困ってるのよ。

塩野 なんで、そのとき小沢さんは「あります」っていわなかったんだろう。

瀬戸内 でも、「あなたは非常にたくましいし、いい男です。あなたは豪快に笑ったら親しみが出ます。いつも怖い顔して睨んでると票が集まりませんよ。和顔施でいきましょう」っていってあげたんです。そしたらその翌日のテレビに出てにこにこ笑ってるの。それがまだ慣れてないから硬い笑顔でした。でもこのごろは随分笑うようになったわね。

塩野 日本の政治家は肉体的にも精神的にも背筋をもうちょっと伸ばして、笑顔を忘れないでいただきたいですね。民衆は必ずリーダーを見ていますから、その姿勢がいいと自分たちもだんだんそうなるものです。

瀬戸内 なりますね。

塩野 わが日本にいちばん求められているのは、背筋をピシッとすることじゃないでしょうか。

瀬戸内 とても重要なことですね。じっさいわたしの歳になると、油断するとすぐ猫背になってしまう。

塩野 いや、わたしだってそうですよ。

瀬戸内 だからいつも意識しているんです。

わたしたちの死に方は

塩野 着物のときは、わたしみたいな着慣れてない人は帯揚げをのせる台を帯に通すの。あれやるとどんな人でも背筋はピシッとします。ローマでの外国人が集まるパーティのときは、母親のお下がりの着物を着て行きます。

瀬戸内 昔のものはいいからね。

塩野 なぜそれがいいかというと、わたしたち日本の女って洋服よりも着物のほうが背筋がしゃきんとするんです。

瀬戸内 着物は美しい。洋服だと宝石がいるでしょう。着物はそれがいらない。

塩野 わたしたちだけでも死ぬまで背筋をピシッとしていきませんか。

瀬戸内 あなたとわたしはすでに自然にそうしてますよ。

塩野 2000年前のローマの賢人たちは、年老いてちょっと危ないなって感じたときには、ひたすら水ばかり1~2ヵ月呑んで眠るがごとく死んでいったそうです。先生もわたしも最後は、これでいくしかないですかね。

瀬戸内 天台宗の行に9日間、食事も水もとらないのがある。人間は水だけでも1月や2月生きられます。でも9日間、水も飲まないと死ぬんです。あなたのいう最後の水に葡萄酒をちょっと入れてはダメなの。

塩野 先生の大好きなどぶろくなんて入れたら、また元気になっちゃうじゃないですか(笑)。

瀬戸内 はっはっは。

静かで美しい「寂庵」の庭に立つ瀬戸内氏(左)と塩野氏

                                            (構成・島地勝彦)

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