町田 徹町田徹「ニュースの深層」

2011年08月02日(火) 町田 徹

地デジに便乗、NHKが受信料値上げを模索
仇になった? 半世紀前の駄目会社救済策

NHKが、地デジ投資負担から解放されるまでとして、数年にわたって先送りを続けてきた受信料の10%値下げを反故にするばかりか、"地デジ便乗値上げ戦略"を進めている〔PHOTO〕gettyimages

 皆様のお宅では、地デジへの移行が無事に完了しただろうか。国策とはいえ、デジタルテレビの購入などで大きな出費を強いられた家庭が多かったはずである。

 ところが、この国策への協力が、さらなる恒常的な出費を招く可能性がある。

 というのは、NHKが、地デジ投資負担から解放されるまでとして、数年にわたって先送りを続けてきた受信料の10%値下げを反故にするばかりか、"地デジ便乗値上げ戦略"を進めているからだ。

 その一方、NHKは、地デジに伴う周波数の跡地利用で、放送法で規定されている「ユニバーサルサービス義務」(受信料徴収特権と引き換えのNHKの義務)を果たす覚悟がまったくないという。

 日本の経済社会を見渡せば、長年の財政赤字と東日本大震災が原因で、国民負担が、その重さを増すばかりの情勢にある。

 そうした経済情勢を直視せず、値下げ公約を反故にして、真逆の手前勝手な値上げを模索する非常識なNHKに、受信料制度改革は委ねられない。今こそ、国民の目線に立った受信料改革が必要ではないだろうか。

 現在、NHKが"地デジ便乗値上げ戦略"の橋頭堡にしているのは、デジタル機器の多くが、地デジだけでなく、衛星デジタル放送(BS放送)も受信可能なチューナーを内蔵していることである。つまり、各世帯が地デジに備えて購入したデジタルテレビやブルーレイディスクなどのデジタル機器の特性にちゃっかり目を付けたわけだ。

 実際のところ、NHKは、集合住宅やケーブルテレビ加入世帯を戸別訪問。「地デジへの対応はお済みですか」などと親切そうな質問をして、デジタル機器を購入したことがわかると、態度を豹変。現行の放送法の「(視ていなくても、)協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない」(第32条)という規定を盾に、「地上契約(2ヵ月で2690円)」から「衛星契約(同4580円)」への切り替えを迫るケースが続出しているという。

 BSを視ていない世帯にすれば、とんでもない便乗値上げが横行しているわけだ。

 東京新聞は7月21日付朝刊の11面で、1ページ近くの大きなスペースを割いて、そうした理不尽な事態に直面した視聴者から不満の声が数多く寄せられたという記事を掲載している。

 だが、NHKは、"地デジ便乗値上げ戦略"を、こうした個別訪問作戦にとどめるつもりが無いようだ。

 そのことをはっきり示したのが、NHKの「受信料制度等専門調査会」が7月8日に公表した報告書だ。

 それによると、NHKは、いつまでも戸別訪問に手間暇をかける気が無く、中長期的には、受信料制度そのものを見直して、制度として「地上契約」を廃止ししてしまい、「衛星契約」に1本化するという実質的な大幅値上げ方針を掲げているのだ。

 報告書の該当する部分を紹介すると、「長期的な視点に立って公共放送のあり方を構想することが許されるならば、地上・衛星といった区分を考えることなく、公共放送のサービスを全体として捉える方向性の方が、望ましい」とか、「総合的な受信料へと収斂するよう、NHK全体の事業規模を見ながら調整していくことが、ひとつの有力な選択肢になる」といった具合に、事実上の値上げを繰り返し強調するものとなっている。実現すれば、月額換算で、945円の負担増を強いられる世帯が全国的に続出することになる。

 この報告書では、NHKは現在、限定的に容認されているインターネット分野への本格的な進出と、それに伴うインターネット分野でのNHK受信料の新設方針も掲げており、民間放送局や新聞、雑誌といったマスメディアから水面下で「民業圧迫」との批判を浴びている。

 このため、地デジをNHKや民間放送局と2人3脚で進めてきた総務省でさえ、「この報告書は(NHKの)夢物語だ」と呆れ果てている。

 だが、総務省やライバルのマスメディアが反発しているからと言って、我々庶民が実現しないだろうと安心してしまうのはあまりにも早計だ。

 というのは、問題の報告書は、受信料を支払っている視聴者のために、NHKが果たすべき2つの責務について、まったく言及せず、素通りしているからだ。

 その第一は、10%の受信料の値下げ公約だ。

 NHKではかつて番組制作費の流用などの不祥事が相次ぎ、2008年秋、NHK経営委員長だった古森重隆氏(富士フィルム代表取締役社長・CEO)が、福地茂雄会長(アサヒビール元会長)率いる執行部に、この10%の受信料の早期値下げを申し入れた。

 これに対し、福地会長は2008年10月14日の理事会で、「収支計画の裏づけを欠いたまま、4年先の平成24年度からの『受信料収入の10%を原資にした値下げ』を記載することは、視聴者のみなさまに混乱を招くだけであり、責任ある経営とは言えないと考えます」と発言、地デジ化の完了する2012年度以降に値下げの実施を先送りしてきた経緯がある。

 福地氏の後任でJR東海出身の松本正之会長は今年4月の記者会見で、値下げについて「次の経営計画での検討課題だ。検討の前提として、完全デジタル化や少子化などの影響、放送と通信の融合、受信料制度の問題がある。加えて震災の財政的な影響も考えなければならない。また、今後災害時に放送機能をどう維持するかということもあり、それらを踏まえて検討していきたい」と述べていたものの、今回の報告書は、この問題にまったく言及せず、肩すかしの格好なのである。こうした対応には、「値上げという極論を持ち出して、値下げを反故にする気ではないか」(民放関係者)と苛立つ向きも少なくない。

 第2が、NHKが地上アナログテレビで占有してきた周波数「V-Low帯」(1~3チャンネルの部分)の再利用問題だ。

 早くから、この周波数はラジオのデジタル化に充てる案が有力になっている。そして、NHKは、放送法第7条で「公共の福祉のために、あまねく日本全国において受信できるように(中略)、放送及びその受信の進歩発達に必要な業務を(中略)行うことを目的とする」(ユニバーサルサービス義務)とされているうえ、従来のNHKのアナログ放送設備が一部転用できるとなど技術的な事情もあって、積極的な貢献が期待されていた。NHK自身も技術部門を中心に強い意欲を示してきた経緯がある。

 ところが、今回の報告書では、ひと言もこの問題に触れず、だんまりを決め込んでしまった。

 つまり、NHKは、地デジへの移行が完了して、10年間で4000億円とも言われた投資負担から解放される時期を迎えたにもかかわらず、数年越しの公約だった値下げを反故にするだけでなく、期待された今後の放送インフラの整備責任も放棄しようとしているのだ。

 さらに、NHKの収支には余裕ができるはずなのに、実質値上げを強行して、その負担を庶民に押し付けるだけでなく、潤沢な資金を活かしてインターネット放送にも本格的に進出して民間メディアへの民業圧迫にも拍車をかけたいというのである。

 これでは、受信料制度については、NHKに改革案作りを任せるのをやめて、外部の中立機関で検討する必要性がありそうだ。

 受信料改革は、今後のNHKの果たすべき役割と対にして検討すべき問題だ。 

 例えば、今後、NHKにはユニバーサルサービス義務や、研究開発義務を果たさせる必要が無いと仮定するならば、NHKはWOWOWやケーブルテレビと同じように、NHKを視た人が視た分の対価を支払う有料放送に転換すればよい。幸いにして、デジタルテレビに装備されている視聴者管理のためのB-CASカードは、民放の有料放送のようなスクランブル放送を導入して料金収集を容易にできる機能を備えている。

 逆に、V-Lowやインターネット放送のインフラ整備のために、誰かに、ユニバーサルサービスや、研究開発のコストを負担して貰う必要があるならば、受信料の徴収・管理・配分を別の第3者機関に任せて、それぞれの責務を果たす主体に必要な資金を配分する仕組みと改めればよい。その際、NHKには、番組制作費など必要最低限の費用を付与する仕組みに変えれば済むはずだ。そうすれば、民放に比べて無駄が多いとされる制作費の節約もできるだろう。

 そもそも、現行の受信料制度は、世界に例を見ない不思議な制度だ。

 というのは、税金でさえ、行政サービスの対価として納めるものなのに対し、NHKの受信料は「放送制度を支えるための、対価を前提としない公的負担金」と位置付けられているからである。

 そもそも、公的負担は、電力、ガスなどの地域独占企業に対して、独占という特権の代わりに不採算地域でもサービスを義務付ける考え方であり、事業者に科す責務である。これを一般の消費者に義務付けるような逆転の考え方は、世界的にも例がないと言える。

 ちなみに、こうした乱暴な仕組みができた背景にあるのは、昭和30年代のNHKの経営危機だ。折からの放漫経営に加えて、東京・渋谷の放送センターの建設や、東京オリンピックを控えたカラーテレビ放送の開始など体力に見合わない無謀な投資を繰り返したため、当時のNHKは破たん寸前だったという。そこで、旧郵政省の官僚が編み出した「窮余の一策」が、現行の受信料制度だったわけだ。

 今般、50数年ぶりの国策の推進によって、アナログのカラーテレビ放送が終了したのだから、NHKの受信料制度も歴史的な役割を終えたと考えるべきタイミングだ。今こそ、ゼロベースの見直しに着手すべきではないだろうか。