現代ビジネス賢者の知恵

2010年01月18日(月) 現代ビジネス

瀬戸内寂聴vs塩野七生「人生を語ろう、愛を語ろう!」
「現代ビジネス」創刊記念対談〔前編〕

その日、瀬戸内寂聴さんは得度して35年目の記念日だった。ローマから飛んできた塩野七生さんは静寂で美しい寂庵の庭に見惚れていた。「遠くに見えるあのお山が比叡山です。35年前わたしが買ったときは、ここは何もなかったんですよ。こうしてみんなが木を持ってきて植えたりして、何とか見られるようになったんです。」と瀬戸内さんは感慨深そうに説明した。「苔が優雅ですね。ここのお庭、大好きになりました。凄く落ち着きます。瀬戸内先生のお人柄が出ています」「先生はやめてください。寂聴さんでいいです」「いやいやわたしにとって年長者ですから、やっぱり瀬戸内先生です」世紀の対談はこんなふうにして始まった。

瀬戸内 ついさっきまで新潮社の編集者がいて、「塩野さんの本は売れて売れて、わが社のドル箱です」といっていました。

「源氏物語」 瀬戸内寂聴、 「ローマ人の物語」 塩野七生
日本を代表する2人の女性作家が初めて会って・・・

塩野 そんなことありません。ある編集者が話していましたけど、瀬戸内先生が全国区なら塩野七生は地方区だってーー。『源氏物語』はどれくらい売れたんですか。

瀬戸内 全10巻でわたしが覚えているだけで260万部こえています。講談社の新社屋の階段の一つくらいはわたしの『源氏物語』でつくれたでしょう(笑)。あなたの『ローマ人の物語』はもっと凄いでしょう。

塩野 いえいえ、わたしのは15巻ですが、そんなことはありません。

瀬戸内 『ローマ人の物語』は売れたでしょう。わたしたちはシーザーとかクレオパトラをちょこっと知ってるけど、通しての物語としては知らないでしょう。15年かけてあれだけの大作をお書きになったのはほんとに立派です。やっぱり男の読者が多いんですか。

塩野 ところがこのごろ女の人も読んでくれます。昔は4対1くらいだったんですが、いまでは5対5なんです。
先生は人前でしゃべることって何ともないんですか。

瀬戸内 それはもう自分でいやになるくらい慣れています。

塩野 羨ましいですね。わたしはどうもみんなの前でのおしゃべりが苦手なんです。とくに瀬戸内先生のように8千人とか1万人とかの前ではとてもわたしにはできません。そういう人たちって先生に何を求めているんですか。

瀬戸内 それがこっちはわからないの。例えば天台寺という東北(岩手県二戸市)の荒れ寺を引き受けましたでしょう。そこはまったくお金がないんですよ。とにかく人が来てくれなきゃ困ると思って法話ということを考えたんです。わたしは50すぎてから仏門に入ったのでお経は下手ですが、話すことなら講演してるからできると始めたんです。そしたらマスコミが頼みもしないのに動いてくれて、ふたを開けたら山に千人も人が来たんです。次の月はもっとワーッと宣伝してくれたから、5千人、6千人と、あっという間に多いときはあの狭い境内に1万人を超す人が集まるんですよ。

塩野 なんかローマ法王みたいじゃないですか(笑)。

瀬戸内寂聴
せとうち・じゃくちょう 1922年徳島県生まれ。東京女子大学卒業。小説家、比叡山延暦寺禅光坊住職。代表作に『夏の終り』、『花に問え』など。近年は『源氏物語』全10巻をはじめ源氏物語を題材にした著書を多数発表。'06年に文化勲章受章。近著に『わたしの蜻蛉日記』

瀬戸内 その町の人口はたったの5千人。そこへ倍以上の人たちがバス150台で全国からやって来るんです。外国からも来る人がいます。寺があるのは本当に気の毒なくらい何もない田舎なんですけれど。

塩野 そういうとき先生のお話を一対一で聞きたいという人がいますか。

瀬戸内 います、います。だけどその暇がない。だから法話を一時間やったあとで、会場で手をあげてもらって一対一の一問一答の時間を持つんです。

塩野 なるほど。

瀬戸内 そしたら何千人もいるのに、平気で訊いてくるんです。他の質問者が目には入らないのね。まわりに他人がいるのを忘れて、「うちの亭主は浮気して、また浮気してます。どうしましょう」なんてそういう恥ずかしいことを質問してくる。それから「姑が嫌いで嫌いでたまりません。一緒に墓に入りたくありません」とか堂々と訊いてくるんです。その人はそのとき精神的には私と一対一なんです。

塩野 一万人の人が先生のお話を聞いている。そのときはどんなお気持ちでお話なさるんですか。一万人にそれとも一人一人に。

塩野七生
しおの・ななみ 1937年東京都生まれ。学習院大学卒業。小説家。イタリアを舞台にした歴史小説を数多く執筆。主な著書に『海の都の物語』、『ローマ人の物語』。'02年、イタリア政府より国家功労勲章を授与され、'07年、文化功労者に。最新刊は共著『ローマで語る』

瀬戸内 会場には赤ん坊を抱えている人から90歳の人までいるんですよ。それをみんな満足させるなんて神業です。だからわかる人だけ聞いてくれればいいと思って話すんです。難しいことは言っちゃダメ。政治のことや仏教の難しいことは話さない。来た人は何か悩みがあるんですね。だから最初はみんな暗い顔をしてるんです。本堂の階段に立ってやりますから、そこからみたら表情がわかるんです。それが帰るときはホントに明るい顔になっているの。

塩野 それは国民栄誉賞もんです。いま日本人みんなを政治家や財界人が揃って暗くしているなかで、人の心をちょっぴりでも明るくすることは大変なことです。先生はそういう人たちにギブだけなんですか。それともテイクはーー。

瀬戸内 それがね、もう何年もやっていたら疲れてしまってね。あるとき何千人もの人に、この小さい体から精気を吸い取られているような気がしたんですよ。そうするとしんどーくなって、くたびれてわたしもう続かない、もうダメだと思ったんですよ。でもふっと視点を変えて考えてみたら、このわたしの小さな体が何千人の人から逆に精気をいただいているかもしれないと気がついたんです。そしたらまた体も気も元気になってきたの。

塩野 だってわたしたち物書きは、やっぱり読んでくれる人が一人でも多いほうが読者から元気をもらって、やる気が出てくるものです。

瀬戸内 たくさん読んでくれた証拠が売れるってことでしょ。

塩野 そうです。

瀬戸内 それが物書きにとっていちばん嬉しいんですよ。あ、これだけの人が読んでくれていたと。やっぱりそうでなければ書けないわね。

塩野 同感です。映画監督のフェデリコ・フェリーニをインタビューしたとき、彼が話していたわ。「映画をつくりたいようにつくるのは少しも難しくない。しかしつくりたいと考えているテーマをつくりたいようにつくりながら、かつコマーシャルベースにのせるのが難しい」って。そしてわたしはふーんと思いながら日本に帰って黒沢明監督にいったんです。そしたら黒沢さんは例の口調で「あったりまえじゃないか。客が入んなきゃ、なぜつくる気になんだよ」って答えたんです。

瀬戸内 まったくそうです。

塩野 もう一つ、読まないのは読者が悪いってよくいう作家がいます。でもわたしだって読まれないのは書き方が悪いんじゃないと反省くらいしますけどーー。ただ単に売れない売れないといってないで、書く側はもっと考えるべきではないかと思うんです。

瀬戸内 わたしもそう感じますね。また反対に売れる作家は低級だという。これは日本の文壇にずっとあったんですよ。売れる作家はバカにされていた。逆に売れない作家は純文学作家って祭りあげられたのね。

塩野 そうそう、ありましたね。

瀬戸内 有吉佐和子さんなんか売れていたでしょう。だから凄くいじめられたのよ。『群像』なんかに有吉佐和子、瀬戸内晴美なんてだれが書かせるかって、ずっと低級扱いされたんです。

塩野 わたしの処女作は中央公論に連載した『ルネサンスの女たち』で3千部でした。瀬戸内先生の最初の本は何部くらいでしたか。

瀬戸内 最初の本は小さな出版社が出してあげますっていってきたので、こっちはいそいそと書いて渡したたら、そこが刷ったのが5千部。そのころ5千部って多いんです。

塩野 そうですね。

瀬戸内 そしたらすぐ千部増刷しましたっていうの。でもお金を一銭もくれないうちに、ちょっとお金貸してくださいっていわれた。わたしは出版社と付き合うのは初めてだからわからなかったので、無理して貸してあげたんです。すぐ返してくれると思ってね。とうとうそれっきり。そこはそれから潰れたの。『白い手袋の記憶』ってわたしの処女作は結局まぼろしの処女作だったんです。

塩野 強烈なスタートだったんですね。

瀬戸内 そのあと『田村俊子』を同人誌で書いたのを読んでくれた文藝春秋のお偉いさんの車谷弘さんが「これはとてもいいから最後まで書いたらうちで出しましょう」といってくれた。文藝春秋から本が出るなんて嬉しくてすぐ書いた。そしたら車谷さんが本当に本にしてくれたの。そのとき「1万2千部でやりましょう」って。

塩野 凄いじゃないですか。

瀬戸内 わたしも本当? って思ったの。でも実際に売れたのは4千部でした(笑)。当たり前のことですが、きっと販売部は、こんな名もない人を使ってと思ったんでしょう。

塩野 第3作の『神の代理人』のとき、「中央公論」の編集長だった粕谷一希さんに「やっと2百万円になりました」っていったら、「月ですか」って応じるから、「そんなはずないじゃないですか。年ですよ」と返すと、粕谷さんは気の毒そうな顔をして黙ってしまった。

瀬戸内 そう、若いとき筆一本でやっていくって大変です。明治の作家は、筆は一本、箸は二本ってやせ我慢していたんです。

塩野 わたしはどんなふうに作家生活を始めるか知りませんでした。古井由吉はわたしの高校時代の同級生で、彼がいうには「きみはだいたい同人誌の経験がないというのがすぐわかる。あんな長々と平然と書く」。

瀬戸内 だいたいあなたはスタートから違うのね、まさにサラブレッドね。

塩野 いつか山田詠美と対談したとき、顰蹙を買ったんですが「わたしたちは原稿売り込んだ経験がない」っていったんです。

瀬戸内 わたしもないの。ただ少女小説を執筆していたころ、奇特な出版社の社長がいて「あなた小説書いてても、うちの原稿料は安いしほかにあまり注文もなさそうだし、ほかの仕事をしながらされたらどうですか」といわれて、高校の先生になる試験を受けなさいって勧められたんです。でも勉強なんかしてないから、何が出るかわからない。試験場に行ったら大勢の人が並んでる。前の人に「ちょっとあなた悪いけどそのノートを覗かして」って見たのが出て、ヤマが当たって受かっちゃたんです。

塩野 わたしは、試験は弱いんです。瀬戸内先生は強運な人なんだ。

瀬戸内 教師になることを勧めた出版社の人が「せっかく通ったんだからいい学校紹介します」といって、いい女学校に赴任することになった。そのときわたしははっと気付きました。だいたいわたし、先生という仕事が好きなんです。女学校に行ったらいい先生になろうと夢中になってしまうから、もう小説は書けなくなると思って、土壇場で断わったの。

塩野 人生の岐路というか、どっちに曲がればいいかっていう瞬間はありますよね。わたしもある時期、特派員にならないかって誘われたことがありました。そうすれば生活は安定するなって思ったけど、やっぱり断わりました。

瀬戸内 岡本太郎がわたしに教えてくれたなかでいちばんいい言葉があるのね。それは人生の岐路に立ったとき、普通の人なら楽なほうを選びなさい。でも自分が芸術家になりたいなら危険なほうを選びなさいって。

塩野 危険ね。背水の陣ってことですか。

瀬戸内 あえて危険な道を選べって。それでわたし、それをわりあい守っているの。そうするとうまくいくんですよ。

塩野 寂聴先生の偉いところは公職について適度なお金をもらったりしないことですね。そういう人はいっぱいいますでしょう。

瀬戸内 ダメなの。ひとつのところにいるとそこの精気を全部吸い取ってしまうような気がするんです。わたし、年齢と同じくらい引っ越しているんです。男はそんなに替えられないから仕方ないですけど、でもそうしなきゃ前に進めない。

塩野 そう。男はあんまり替えられないから、わたしは作品の中の男を替えるわけです。それだったらわたしの心次第。

瀬戸内 でも結婚なさって息子さんもいるんでしょう。わたしは娘を四つのときから育ててないんです。ほかに何も後悔することはないんですが、これだけが悔いです。そういうといま六十いくつになった娘が怒るんですね。「みっともない、あんなこといって。いわないでちょうだい」って娘に叱られるんですけど、でも本当にそう思っているんです。

塩野 そうですか。それはーー。

瀬戸内 だって孫がもう30いくつになっているんですからね。でもね。一人子供を産んどいてよかったと思います。

塩野 いやーあ、絶対子供はいたほうがいいですね。

瀬戸内 絶対いたほうがいい。

塩野 結婚しないと、男に対する夢が残りすぎますね。

瀬戸内 そうそう。

塩野 子供を育てる喜びというのは、毎日毎日変わっていく動物を見ているような感じかな。言葉が通じるから猫とはちょっと違うのね。そう、わたしは子供を産んでおいてよかったと思います。ただ残念なのは3人か4人産んどきゃよかった。一人息子じゃスペアがきかない(笑)。

瀬戸内 でも孫ができますよ。あなたの息子さんは知的な方なんでしょうね、きっと。

塩野 そんなことありませんけど。わたしは息子のガールフレンドに一切会ったことがないんです。そしてもし彼が結婚したら、これだけは息子の奥さんに頼もうかと思っているんです。「あらゆることは一切、わたしはやる暇がないから、姑を持ったなんて思うな。そのかわり年に一回、息子と二人だけで食事をさせてくれ」って。

瀬戸内 うん、いいわね。家族はいらないとーー。

塩野 だって親はいかに上手にコミュニケーションが取れるようになるか考えながら子供を育てるでしょう。ところがお嫁さんというのはいかにして人間関係を保つかにこだわる。だから同じ愛情といったってやっぱり違うんです。

瀬戸内 たしかにわたしが育てていたら、こんなことはいわせないとか、こんなことはさせないということはありますね。そのたびにこれはすべてわたしが悪かったんだと思って、絶対子供にはいわないことにしているの。高校からずっとアメリカで暮らしているから、日本語があまり読めない。だからわたしの小説もわからないの。それでやれやれと思うんだけど。

塩野 そんなことはないですよ。わたしは息子に英訳を読んでもらっています。

瀬戸内 それは上等なものばかり残していらっしゃるじゃない。わたしは読まれたら困ることばっかり書いているから。

塩野 ただわたし、離婚した前の亭主に恨みを持ったことは一度もないんです。むしろ感謝しています。だってイタリア人医師である彼を通じて地中海文明に入れたんです。彼にとって地中海世界というのは体内に流れている血みたいなのね。だけどわたしみたいな奥さんが身近にいたら大変だったんでしょう。

瀬戸内 でも何年も一緒にいたんでしょう。

塩野 東京で産婦人科の学術会議があって、日本側の議長をした東大の教授が「きみたちはなんたることか。優秀な作家をイタリアの同業者に奪われて」っていったわけ。そしたらうちの彼が立って「いえ、あなた方は実に賢い選択をなされたんです。あなた方はうちの奥さんの書いたものを読んでいるだけ。ぼくはそれがつくられている過程を見てるんです」と反論した。ここまではよかったんですが、わたしはステーキみたいな女ですから、彼は、毎日はちょっと耐えられなくなったのでしょう。だから私のほうから本と原稿用紙とペンと息子とメイドを連れて出たんです。だからわたし離婚して2度とーー結婚は一度で結構だと思っています。瀬戸内先生はどうですか。

瀬戸内 だっていまさら考えてどうするの。

塩野 違います。離婚したあとの若いときはどう思われたのですか。

瀬戸内 わたしももう結婚はしたくなかった。だってね、相手が可愛そうだもの。いや最後の男と付き合っているときに、どうしても同棲しなきゃ相手が納得しなかったんです。本当は男のほうは結婚したかった。でもわたしはもう結婚はしたくなかったの。じゃあ一緒に住みましょう。表札も出しましょう。そこまでいったんですよ。すると初めは嬉しがっていたんだけど、だんだん夜、帰って来なくなる。真夜中に戻ってくるんです。わたしは仕事しているからいいんだけど、ちょっと気になって、「あなた、毎日毎日、夜遅いけどどうして? もうちょっと早く帰宅して早く寝たほうは体にいんじゃない」なんていったの。そしたらこの家に帰って来ると、わたしが仕事していてビーンと空気が張りつめていて、厚いガラスの戸をトンカチでぶち破って入らなければ入れないっていうの。それでつい飲んで酔っぱらった勢いで帰るんだっていった。

塩野 目に浮かびますね、その光景は。わたしは午前中しか書かないけれど、やっぱりそういう感じだったのかも。

瀬戸内 それでまだ彼はわたしより若いし、普通の結婚して子供をつくったほうがいいからと思い「あ、じゃ、もう別れよう。出て行っていいよ」といったけど、なかなかそうしないから、わたしが家出したの。

塩野 先生も出るほうなんだ。

瀬戸内 うん。

塩野 山田五十鈴は男と別れるとき、全部置いて裸一貫で出ていったそうです。何だかわたしたち似ていますね。

瀬戸内 少なからず作家は一人の時間がいります。一人の時間を持つということは孤独なこと。だからそれに耐えられなければ芸術家にはなれません。

塩野 だから、離婚するか初めから結婚しないかどちらだけど、まあ一回くらいは結婚したほうがいいですよね。

瀬戸内 一回はしたほうがいい。子供の一人でも産んだほうがいい。

塩野 わたしもそう思う。これはやっておいたほうがいい。

瀬戸内 女に出来て男ができないのは、子供を産むことだけなのよ。だから、経験になると思う。

塩野 わたし、(トルストイの小説で知られる)アンナ・カレーニナが少しずつ狂っていくのは、子供と会うことを拒絶されたからじゃないかと思ったんですけど、旦那なんて別れたってどうってことない。わたしの場合は別れるとき、あらゆるものは全部あげました。ただ子供はわたしが育てますといいました。すると向こうは、子供をイタリアで育てろ、そうでなきゃ許さんっていう。それで、日本に連れて来ることができなくなったわけです。

瀬戸内 そのためだったんですか。イタリアに居座ったのはーー。

塩野 でもね、わたしは犠牲になるなんていう言葉くらい大嫌いな言葉はないんです。だけどあのときはたしかにそうだったかもしれない。しかしあとで考えてみれば、イタリアにずっと居続けたことは、仕事をするためにはいちばんよかったんです。結局、わたしは何も犠牲にしていないんです。わたし、いつもそういうふうに考えるのね。

瀬戸内 あなたもわたしも好きなようにしているのよ。結局、二人とも自分本位でわがまま。自分の都合のいいように生きてきているんです。だから、周りは気の毒だけどしょうがないわね。

塩野 そうかもしれません。でも、ほかの人が享受していることは享受していないんです。

瀬戸内 でもあなたはまだわたしよりずっとお若い。だから、離婚をいつなさったか知らないけど、そのあと、結婚はしたくなくても男がいなくてはつまらないでしょう。

塩野 それは当たり前ですよね。でも、この話はやめておきましょう(笑)。

                                       (後編は近日公開)
                                                              
                                                               (構成・島地勝彦)