歳川 隆雄歳川隆雄「ニュースの深層」

2011年06月25日(土) 歳川 隆雄

権力の座ににしがみつく「日本のカダフィ」
菅首相「驚異の粘り腰」を支える『知恵袋』は誰か

菅直人首相を「日本のカダフィ」と呼んでは失礼に当たると思うが・・・〔PHOTO〕gettyimages

 菅直人首相を「日本のカダフィ」と呼んでは失礼に当たると思うが、同氏の粘り腰は、リビアの最高指導者・カダフィ大佐がこの3ヵ月間、北大西洋条約機構(NATO)軍の空爆によってトリポリ郊外の自宅を破壊され息子を含む多くの死者を出し、欧米諸国にある隠匿資産の凍結や経済制裁を受けるなど国際包囲網に晒されてもなお権力の座にしがみついている以上のものである。菅氏の二枚腰は「土俵際の魔術師」と言われた横綱・初代若乃花並みであり、まさに「驚嘆」と言うしかない。

 筆者は、前号コラムがアップした6月18日午前、田原総一朗氏が司会のBS朝日「激論!クロスフィア」にコメンテーターとして出演した。当日のゲストは自民党の大島理森副総裁。番組の中で筆者は、民主党執行部から早期退陣を迫られる菅首相が首相の座に固執する理由として1.8月6、9両日の広島と長崎の原爆死没者慰霊・平和祈念式典に出席、国内外に向け「脱原発」宣言をアピールしたい2.「脱原発」をシングルイシューにした8月末の衆院解散・総選挙を模索している---と述べた。

 そして大島副総裁も「菅さんの性格からすると、それは十分あり得ることだ」と発言、翌日の新聞各紙朝刊が大島発言を紹介した。これが、現在、永田町で流布されている「8月下旬解散・9月中旬総選挙」説のトリガーとなったのだ。

 やや手前味噌で恐縮だが、それは前号の本コラムで言及していたことである。重要なことはもちろん、誰が最初に言ったのかではない。問題は、菅氏の心象風景である。そしてなぜ、かくも終始強気でいられるのかである。

 菅首相の「政局指南役」とされるのは北澤俊美防衛相である。岡田克也幹事長、仙谷由人代表代行(官房副長官)ら民主党執行部が一致して菅首相に早期退陣を迫る菅包囲網を狭めていっても、菅氏は、20日夜の首相公邸での政府・与党首脳会談では仙谷氏と大声で怒鳴り合い、一方で3日後の夜にやはり公邸に呼んで差しで会った時にはそう遅くない時期の辞任を示唆するなど、変化自在なのだ。

 菅首相は結果的に焦点だった通常国会の会期延長幅問題でも、自説の「70日間」で押し切り、菅包囲網を正面突破した。菅氏とは個人的に長い付き合いではあるが、筆者の知らない、こうした「凄さ」まで北澤氏が伝授しているとは考えにくい。

笹森連合元会長の「遺言」

 連立のパートーナーである国民新党の亀井静香代表が首相に対し、自らの野心もあっての助言をしているのは報道にある通りだ。が、菅氏が亀井氏に全幅の信頼を置いているとは考えられない。また、一連の官邸発の「脱原発」ムード作りとその定着に少なからぬ貢献をしたのは、田坂広志内閣官房参与(多摩大学大学院教授)である。しかし田坂氏に、事実上の党内権力闘争だった「早期退陣・会期延長政局」に関しての助言が出来るはずがない。では、いったい誰が菅氏の「知恵袋」なのか。

 ご本人は決して認めないだろうが、某全国紙のA政治記者ではないか。A氏のこれまでの言動や、同氏と菅氏夫妻の長い付き合いからも、筆者はA氏以外に該当者はいないと見ている。古くは『朝日新聞』の緒方竹虎(後に吉田茂政権の副総理)、この四半世紀でも『読売新聞』の渡邉恒雄(現同新聞グループ本社会長)、『朝日新聞』の三浦甲子二(後にテレビ朝日専務)の両氏がいる。

 この10年間で見ても、歴代首相の演説や原稿を担った政治記者は、筆者の承知する限りでも両手の指では足らないほどだ。従って、仮にA氏がその役割を果たしていたとしても、筆者の価値観で言えば、何ら問題はない。狭い了見で言えば、A氏からディープな情報が入るよう努力するだけである。

 さて、最後に指摘しておくべきは、菅首相の粘り腰を裏付けるものとして考えられる「笹森遺言」説である。6月4日未明に急死した笹森清内閣特別顧問(元連合会長)が今際の際に家族に対し「菅さんに伝えて欲しい。絶対に辞めるな、と」と言い残したという情報があるのだ。

 同日午後、超多忙な首相日程を差し繰りして埼玉県川越市の笹森邸を弔問で訪れている。そうした「遺言」があったとすれば、どれほど菅氏は勇気付けられたか、想像に難くない。

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