日本一の書評
2016年03月22日(火)

大人であることの「自由」と「勇気」を再確認する3冊

リレー読書日記・生島淳

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〔PHOTO〕iStock

過剰すぎるほどにユーモラス

このところ春画が話題だが、どうも私は苦手だった。「グロい」と感じることが多く、なんだか純粋に楽しめなかったのだ。そんなときに書店で目に留まったのが『春画を旅する』。これまでの思い込みを吹っ飛ばしてくれる爽快な一冊である。

まずは、春画の成り立ちから説明が始まり、喜多川歌麿、歌川国貞らの浮世絵画家の解説も挟まる。日本史の教科書と違って、躍動感のある説明が続く。たとえば、葛飾北斎の『富久寿楚宇』の解説には感心した。

「大胆に描写された下半身に対して、上半身は繊細な情感を湛え、その対比も見どころといえるでしょう」

なるほど。

しかし、「目からウロコ」だったのは、春画がユーモアにあふれているということだ。それは絵だけではなく、言葉での楽しみ方があるからだ。

著者は「はじめに」の中で、「多くの春画にはセリフが入りますので、二人の間柄やそうなった経緯、楽しむ様子などが、絵と文字の双方から読み取れます」と書き、私はそのことを知らなかった。グロいと思っていたが故の敬遠である。

たとえば、江戸時代の男前、魚売りと人妻の絡みではこんなセリフが書いてある。

魚売り:「生まれてから、おめえさんのような、味のいい壺としたことァ、ごぜえやせん。蛸ともなんとも、いいようのねえうまみだァ。ソレいくぞいくぞ又いくいく」

人妻:「藁で海鼠をたたくようだヨ。どうも、もうもう、アレソレ、フンフンフン」

江戸時代の人は、興奮しながら読んでいたのかもしれないが、読んでみると、過剰すぎるが故にかなりユーモラスである。

実は私がグロいと思っていたのは、蛸と女性の浮世絵を見てからだが(その作品が北斎の『喜能会之故真通』だと、この本で初めて知った)、この春画にもセリフがあり、蛸がなかなか面白いヤツなのだ。

もともと歌舞伎を継続的に見るようになってから、現代よりも江戸時代の方が表現に関しては自由だと思えることが多々あったが、春画にも同じようなことを感じる。

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