社長の風景

井村屋、肉まん・あんまんロングセラーの秘密~「ほかほか」「もちもち」はどうやって生みだされたのか?

創業120周年 前山健社長に聞く

2016年01月07日(木)
週刊現代
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Photo by iStock

高度経済成長期、お菓子屋さんの悩みは、冬になるとアイスが売れず、しかもショーケースが邪魔になることだった。ここに革命を起こしたのが、三重県でようかんを売っていた井村屋だ。あんまんや肉まんを冷凍庫で保管。いくつかスチーマーに入れておき、お客さんにほっかほかを出すと商品は大ヒット。その後出した「あずきバー」のヒットも相まって、同社は成長していった。社長は「あずきバーを作って43年」と話す、叩き上げの前山健氏(66歳)だ。

* * *

(取材・文/夏目幸明)

「あずきバー」誕生秘話

まえやま・たけし/'49年群馬県生まれ。'72年に明治大学農学部を卒業し、井村屋製菓(現在の井村屋)へ入社。生産管理や商品開発の現場で活躍し、'01年に品質管理部長へ就任。その後、'10年に井村屋の社長就任、以来現職。現在は持ち株会社である井村屋グループの専務取締役も兼任する

あずきバー誕生のきっかけは、当時の経営者・井村二郎が「昔ながらのぜんざいを固めてアイスにできないか?」と考えたことです。

しかし、発想は簡単でも生産は難しかった。何の工夫もせずに冷やすと、固まるまでに小豆の粒が沈んで偏ってしまいます。

一本には、小豆が約100粒入っており、これを安定剤などの添加物を使わず均等に固める技術は、弊社の大切な企業秘密です。

その後、ロングセラーになったのは、守るべきを守り、変えるべきは変える「不易流行」を意識してきたからでしょう。変わらないのは、原料の小豆の硬さに応じて炊きこむ時間や蜜の濃度を調節し、素材の味を引き出すこと。

一方で、常に技術革新を求めています。例えば冷凍するまでの時間は短いほうが素材の食感が高まるので、アイスを固める「バーマシン」はいつも最新のものに更新しています。ほか、肉まんの皮も以前に比べ、より香ばしく、かつ、なめらかで口どけがよい生地に変わっているんですよ。

現場と正直に付き合い続けた43年

登山 会社の同僚たちと、富士山へ登った時の写真。「当時も今も同僚とは仲がいい」とか。右から2人目が前山氏

出身は群馬県の館林市で、弊社がある三重県に縁はありませんでした。明治大学在学中に、当時の社是だった「商品こそ我が命、人こそ我が宝」という文章を気に入り「伊勢観光も兼ねて入社試験を受けに行こうか」と考えたことが入社のきっかけです。

正直に言えば、当時は甘味よりお酒のほうが好きでした(笑)。なのに、それ以降ずっと三重県であずきバーやあんまんを作り続けてきたのですから、振り返ると「ご縁があった」と言うしかない。今はしゃべると自然に三重なまりが出ます。

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