わき道をゆく~魚住昭の誌上デモ
2015年12月20日(日) 魚住 昭

日本陸軍の腐ったリンゴ~悪魔のエリート参謀・辻政信はいかにして軍を懐柔したのか

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〔PHOTO〕gettyimages

▼日本軍に漂っていた「狂気」の正体
~悪魔のエリート参謀・辻政信が地獄に引きずり込んだ

誰も辻には逆らえない

半藤一利さんが「絶対悪」と評した元陸軍参謀・辻政信の話をつづけたい。私が会った、ある元参謀はこう語っていた。

「辻さんは強いですよ。徹底的に言うから。ちょっとでも消極的なことを誰か言うと、どやし上げるから辻さんの前ではみんなまともにものを言わない。軍司令官だって師団長だってみんな黙ってます。すると(軍の方針が)辻さんの言う通りにだんだんなっていくんですよ」

その典型例を挙げよう。1939年のノモンハン事件(モンゴルと満州の国境で起きた日本軍とソ連軍の衝突)である。

このとき辻は関東軍(=満州占領軍)司令部の参謀だった。肩書の上では中堅の少佐にすぎない。が、彼の強気一辺倒の議論は関東軍を引きずり、国境紛争を一気に拡大させた。

事件の最中に関東軍司令部に急行したモスクワ駐在武官の大佐・土居明夫は「ソ連は国境に相当の兵力を輸送している。戦車はものすごい数がどんどん東に向かっている」とソ連兵力の充実ぶりを会議で指摘した。

すると、辻に別室に呼ばれ、「あんたがあんな恐怖症のような報告を東京でしたら、若い将校が『刺し殺す』と言っとる。我々はソ連の戦車をぶんどって戦勝祝賀の観兵式をやる計画でおる。そんな時にあんな報告をやられたら困る」と脅された。

その後、辻は東京の参謀本部の意向を無視してソ連軍基地の空爆を強行した。さらに、現地師団長の指揮権を無視して勝手に部隊を動かした。本来なら一体であるべき参謀本部―関東軍司令部―現地部隊の指揮命令系統は混乱の極みに達し、日本の将兵約7700人がソ連機械化部隊の餌食になった。

停戦後、参謀本部と関東軍の幹部らは責任を問われ、軒並み予備役に編入(=事実上の退役通告)された。が、事件を主導した辻と、彼の上官の作戦班長・服部卓四郎らは、なぜか一時左遷されただけだった。

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