社長の風景

売上130億円!
「水はタダ」の常識を覆して上場。無数の逆境を乗り越えた男の信念

日本トリム・森澤紳勝社長に聞く

2015年12月12日(土)
週刊現代
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水を浄化し、電気分解する「整水器」等の製造・販売を行う日本トリム。社長は森澤紳勝氏(71歳)だ。25歳の時に不運にも視力が大幅に低下したが、これにめげず、37歳で整水器の販売会社を起業。その後、メーカーに商品を卸してもらえなくなるなど様々な苦境を乗り越え、自社を東証1部上場に導いた人物だ。

* * *

もりさわ・しんかつ/'44年、高知県生まれ。代用教員ののち東海大学文学部に進学。卒業後、住宅地開発会社勤務を経て、健康関連機器製造・販売会社の常務取締役に就任。'82年に独立し、日本トリムを創業。'03年に東証2部、'04年に東証1部上場を果たす。現在、同社は整水器の国内トップシェアで、売上高は130億円を突破した。

我は嘆かず

大学卒業後、不動産の会社で働いていた時のことです。ある8月の暑い日、プレハブ工法を学ぶため、木材を貼り合わせてカットする工場へ見学に行ったのですが、そこで、細かいおがくずを含んだ汗が目に入って何度も腕でぬぐいました。

仕事を終えて泳ぎに行ったプールで、水の消毒に使う塩素の臭いをとても強く感じたのを覚えています。

翌朝、目を覚ますと目に激痛が走り、とても開けていられる状態ではありませんでした。すぐに病院に行くと、重い目の炎症である「ぶどう膜炎」で、視力が激しく低下すると診断されました。今思えば、目に入ったおがくずには木材を接着するための化学物質が付いていたはず。これが塩素と何らかの反応をしたのかもしれません。

それ以来、私は本や書類を長時間読めなくなりました。目がおそろしく疲れるからです。しかもいまだにステロイド剤を点眼しており、体には様々な副作用が出ます。しかし、私は嘆く気にならないのです。失ってしまったものを嘆いても人生は辛いだけ。現在は「むしろあの出来事があったから今がある」と思っています。

社員旅行 '83年、第1回社員旅行時の記念写真。前列右から3番目が森澤氏。今はハワイなど海外に行っている

懸ける

起業したのは37歳の時です。当時、ステロイド剤の副作用に悩んでいたため、「健康に携わる仕事がしたい」と医療機器メーカーで働いていました。

このメーカーが整水器の製造を始めた時、私は「これだ! みんながよりよい水を欲しがる時代が来る」と確信しました。世界を見れば、欧州でもアジアでも、安全な水は買って飲むものでした。私は「水はタダ同然」が常識の日本でも、いずれ水は買うものになると考えたのです。

この会社は自社で製品を売らず、販売専門の企業に卸そうとしたため、私は「積極的に自社で販売もすべき」と提案しました。しかし残念ながら受け入れられなかった。そこで私は独立し、自分の手で販売することを決めたのです。「整水器の販売で独立する」と言うと、周囲には笑う人が多かったですね。

それでも独立したのは、「売れる」という「確信」があったからです。「大きな賭けでしたね」と言われることもありますが、これは博打のような「賭け」ではありませんでした。私は確信を持ち、自分の思いに懸けた。世間の創業者にはみんな、こんな瞬間があるのだと思います。

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