日本一の書評
2015年11月29日(日) 週刊現代

難病を患う人、理不尽な戦争の歴史−−限りある自分の「生」を生きる人々の声

リレー読書日記・堀川惠子

週刊現代
upperline

取材の失敗談には事欠かないが、今も思い出すたび狼狽してしまう経験がある。テレビ局に勤めて暫くたった頃、沖縄に障害者の女性を訪ねることになった。その人は幼い頃に脳性麻痺を患って体は不自由だが、唯一自由に動かせる足の指で絵を描く反戦画家として活動していると聞いた。これは良い番組になると、勇んで島に渡った。

しかし実際に彼女に会って、私は凍りついてしまった。彼女は床に突っ伏して足指で食事をかきこみ、身体は小刻みに震えている。言葉も不自由でうまく聴き取れない。“可哀想”という同情ばかりが先に立ち、撮影することができない。

翌朝、私はこともあろうか本人に向かって半泣きで訴えた。「あなたをどう撮ればいいか分からない」と。すると彼女は、震える頬をひきつらせ笑いながら言った。「アルガママヲ、ツタエタラ?」。

知識としての本はたくさん読んできた。でも学校には特殊学級すらなく、障害を持つ人とどう接すればいいか分からなかった。車椅子の止め方ひとつ知らなかった。日常生活から、彼らの存在が常に排除されていたことに気がついた。情けない話だが、彼女には本当に多くを教わった。

原田青著『Kくん ある自閉症者の生涯』を読んで、ああ、そんな子を持つ母親もまた同じなのだと思った。この本は、若くして交通事故で失ってしまった自閉症の息子、Kくんのことを母親が書き綴ったもの。母の苦悩と懺悔の書でもある。

原田青著 紅書房/1700円

わが子が自閉症と気づいた時の戸惑い。奇妙な行動に怒ったり、運命を呪ったり、自らの言動を後悔したりと悩みは尽きない。年齢に応じて次々と新しい問題は起き、家族は振り回される。

私が日常生活で障害者とふれあうことがなかったように、本の中のKくんの周りにも健常者は現れない。誰もいない夜に、母はKくんを公園へと連れて行く。貸し切り状態だ。

月明かりに浮かびあがる遊具の影に、ふと感じる深い孤独。家族まで社会から切り離されている。ただ生きるということが、いかに過酷なことか。飾り気のない文章に込められたメッセージは重い。

1
nextpage


最新号のご紹介

underline
アクセスランキング
1時間
24時間
編集部お薦め記事
最新記事