読書人の雑誌『本』より
2015年10月24日(土)

タモリの「居心地のよさ」はどうやって作り上げられたのか?
~その人生と戦後70年の足跡をたどる

【特別対談】糸井重里×近藤正高

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〔PHOTO〕gettyimages

敗戦1週間後の誕生、大学紛争、モダンジャズの隆盛、ボウリングブーム、そしてテレビ絶頂期・・・この夏70歳を迎え、NHK「ブラタモリ」などの人気のタレントの足跡を通して、現代史を振り返る『タモリと戦後とニッポン』(講談社現代新書)が好調です。故郷・九州でボウリング場支配人などを経て上京後、まだ「密室芸人」だったころのタモリをよく知る糸井重里氏と、著者の近藤正高氏が縦横無尽に語りつくしました。

タモリとその時代

本書の内容/終戦直後に生まれ古希を迎えた稀代の司会者の半生と、敗戦から70年が経過した日本。 双方を重ね合わせることで、あらためて戦後ニッポンの歩みを検証・考察した、新感覚現代史。タモリとは「日本の戦後」そのものだった! Amazonはこちら

糸井 近藤さんの『タモリと戦後ニッポン』は間違ってないんですよね。

近藤 おお、それはどういうことでしょうか。

糸井 こういう本って普通、よく言えば筆の勢いで、あるいはウケを狙ってより面白いほうに振っていったり、間違いを書きがちなんですよね。それがこの本ではものすごく注意深く、物事と物事の距離感がすごーくきれいに整理されて書かれている。

近藤 ありがとうございます。点から線、線から面にして、立体的に見せようというのは書くにあたってかなりこだわったところです。

糸井 福岡で(まだデビュー前の)タモリさんが山下洋輔さんたちと会ったとき(編集部注・1972年)についても、あそこでどういう出会いがあったかっていうのをしつこく書いてて、ものすごくおかしかった。

たぶん近藤さんの資質なんだと思うんだけど、みんな記憶が定かでない、それを照合するとここだけはたしかなんだとか、あそこの描き方、僕はとてもおもしろかったですね。だから、僕が事実として多少知ってる部分でも、いやな感じがしないんです、まったく。知らないことについては「そうかあ」と思うんです。

近藤 山下さん自身、タモリさんとの出会いについては、あとでご本人に確認するなどかなり検証した、と聞きました。

糸井 この本で、近藤さん自身の意見を書いてる部分というのはほとんどないですよね。せいぜい高田文夫さんが「タモリはサラリーマンみたい」と言っていて、「自分もそう思った」と書いているところぐらいかな。

近藤 そうですね。意見をストレートに書くんじゃなくて、事実をどう並べるかというところで自分の見方はこうなんだと示したというか。それは、自分の生まれる前とか物心つく前のできごとも多いので、そうなったというところもありますね。

糸井 本のなかで「(60年代)当時の大学卒は全体の15%くらいだったらしい」という(「ほぼ日刊イトイ新聞」での)僕の発言も引用されていたけど、85パーセントの人が大学に行かなかったっていう時代の景色をみんな描けないんですよ。メディアに関わってる人は、自分も周囲も大学に行った人ばかりなんで、あたかもあの時代にみんなが大学行って、学生運動をやってたみたいに描写しちゃうんですね。

近藤 目立つ現象ばかりが現代史になる。

糸井 だから、その円グラフの面積の大きい(大学に)行ってない人について書けないと、タモリさんの話はできないですよね。・・・というところがやっぱり一番感心しました。

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