伊藤博敏「ニュースの深層」
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山口組分裂の衝撃!
関西の盟主たちを怒らせた、六代目体制の「カネ」と「名古屋支配」

岐路に立たされた暴力団

2015年08月31日(月) 伊藤 博敏
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最大の理由は「カネ」

日本最大の広域暴力団山口組が分裂した。先代の渡辺芳則・五代目組長の出身母体である山健組などが脱退、新たに神戸山口組(仮称)を立ち上げた。

最大の理由は、カネである。

山口組は、05年8月に渡辺組長が引退、名古屋の司忍(本名・篠田建市)弘道会会長が跡目を継いでから、「名古屋支配」が顕著になった。その特徴は、本部へのカネの吸い上げと、窮屈な管理強化である。指揮を取ったのは、高山清司若頭だった。

銃刀法違反による収監を余儀なくされていた司六代目組長は、自身の不在中の運営を任せるナンバー2の若頭に、弘道会会長の座を譲った高山氏を就けた。本来、当代の組長と若頭が、出身母体を同じくすることはないのだが、長期不在が確実で、事実、05年11月、司6代目の懲役6年の実刑判決が確定、06年2月、府中刑務所に収監されており、留守が長くなるため、自分に仕えてきた高山氏に託したかった。

もともと高山氏は、激しい戦闘性と厳しい管理で知られた人である。「親分がいない間は、自分が組織をまとめあげる」という気迫があったのだろう。 11年2月、司6代目が出所するまでの「高山時代」に、「直参」と呼ばれる直系組長は、厳しく統制された。

ウィークデーの多くを神戸の山口組本部に詰めるように半ば強制され、上納金の額は月に80万円前後にまで上昇、水や石鹸、歯ブラシといった日用雑貨品の購入まで義務付けられた。

「山菱」の代紋があれば、公共工事の仕切り、債権回収、不動産のトラブル処理、会社整理、風俗や飲食のみかじめ料、格闘技や芸能などの興行といったシノギの部分で、他の組織より優位に立てる、といった時代なら我慢もできた。

しかし、国家権力による暴力団排除は、92年の暴対法施行以降、年を経るごとに厳しくなっており、度重なる暴対法の改正や、末端の組員が事件を起こせばトップの組長にまで責任が及ぶ使用者責任によって、その環境は、年々、厳しくなっていった。

要は、暴力団が食えない時代となっていったのだ。二極化は、暴力団組員にも広がり、バブル時代に築いた資産や、各界に人脈を残している組とそうでない組の落差は大きく、同じ組でも才覚によって差はついた。

そうした時代の管理強化である。しかも、山口組に残る威光によって集まるカネを吸い上げていったのは弘道会だ。中部国際空港の砂利運搬の利権を独占、東京における芸能界利権の侵食はその象徴。弘道会の力は頭抜けていった。

もともと当代の出身母体は、特別な力を持つものである。かつては「山健にあらずば山口にあらず」といった時代もあった。

そういう意味では代替わりに伴う事象ではあったが、栄光の時代を知っているだけに、山健組を出身母体とする直参には、「自分のところばかり稼いで」と、弘道会に対する怨嗟の声が広がった。

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