経済の死角

62歳で交通事故死「双日」副社長(喜多敏彦氏)の無念を想う 
 「代表取締役」就任を6月に控えていた

2015年06月02日(火) 週刊現代
週刊現代
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仕事を愛し、家族を愛し、仲間を愛した。そして多くの人から愛された。生き馬の目を抜くビジネスの世界で、「好人物」として慕われた稀有な存在だった。一寸先は闇。人生は何が起こるかわからない。

「社長候補」が消えた

あと1ヵ月と1週間。6月23日の株主総会の場で代表取締役に就任し、会社人生の最終幕を迎えるはずだった。だが、その日が訪れることはなかった。一瞬の事故によって、その機会は永遠に失われてしまった。

七大商社の一角、「双日」の副社長・喜多敏彦氏。彼が乗るセダンが首都高速湾岸線でトラックに衝突されたのは、5月16日午前7時25分頃のことだ。ゴルフ場に向かう途中だった。

同社の幹部が事故の詳細を明かす。

「その日、喜多さんが役員として担当しているウチの機械部門のコンペが、千葉の房総カントリークラブで行われる予定だったんです。喜多さんは会社の後輩(48歳)の運転するセダンの後部座席左側に乗っていて、湾岸線から東京湾アクアラインに向かっていました。

そこで並走するワゴン車にぶつけられ、3車線の一番右側に飛ばされて車が動かなくなってしまった。衝突のショックでエンジンがかからなくなり、外に出て様子を見ようと喜多さんがシートベルトを外した直後に、後方からトラックが衝突してきたのです」

その結果、喜多氏は前方に突き飛ばされる形となり、致命傷を負った。運転していた後輩も、トラックの運転手も軽傷で済んでいることを考えると、シートベルトをしていればケガだけで済んだ可能性が高いという。もしあの時、ベルトを外していなければ—。あまりに不運な事故だった。喜多氏は病院に搬送され、15時15分に死亡が確認された。

経営首脳の突然の死に、当然のことながら、双日社内は混乱に陥っている。同社幹部が続ける。

「喜多さんは日商岩井出身(日商岩井とニチメンが経営統合し、'04年に双日が発足)で、機械部門の営業畑一筋でやってきました。役員になってからは船舶や航空機、海外のプラント建設まで幅広い分野を担当。簡単には替えがきかない営業部門のトップ、つまり会社の『顔』が突然いなくなってしまったわけです。

会社として、彼のポストを空白にするわけにはいきません。6月の株主総会で顧問に退く予定だった元副社長を引き戻さざるを得なくなりました。財務畑出身の佐藤洋二社長(65歳)からすれば、片腕をもぎ取られたような気分でしょう。次の社長候補の一人でもあっただけに、あまりにも大きな痛手です」

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