G2 ノンフィクション
2015年05月26日(火) G2

「取材をしないネットメディアには、匂いや身体性がない」 安田浩一×佐藤慶一対談「ノンフィクション・メディアの意義・課題・希望」【前編】

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(左)ジャーナリスト・安田浩一、(右)Web編集者・佐藤慶一

5月22日に発売されたノンフィクション誌『G2(ジーツー)vol.19』。『月刊現代』の後継誌として2009年に創刊されたが、19号目にして休刊となる。はたして、「ノンフィクション」はこれからどこで生きていくのか。その場所や手法については今後、ますます問われ続けることになるだろう。

今号に「HATE THE HATES ヘイトな馬鹿に鉄槌を」と題したレポートを寄せたジャーナリストの安田浩一と「ノンフィクションを読まない24歳Web編集者がノンフィクション・メディアの未来について考えてみた」を書いたWeb編集者の佐藤慶一、そして『G2 vol.19』の編集人を務めた青木肇を加えた3名が、ノンフィクション・メディアの意義、課題、希望などを語った(対談日:5月13日/構成:佐藤慶一)。

雑誌の役割は「平地に波瀾を起こす」こと

安田浩一(以下、安田):佐藤さんの記事を読みました。昨日台風だったので、今日、新幹線で東京に戻ってきたんです。軽い寝不足のなか、車中で想定問答をしていましたが、言うことがないと思いました。

青木肇(以下、青木):ダメですよ。遠慮せず、今日はどんどん言ってくださいよ。

安田:でもさ、いくら想定問答繰り返しても、仮に佐藤さんに「でも、安田さん、食っていけていないじゃん」と言われたら終わりです。結論、そこに行き着いてしまう。この対談に関係するんですけど、こないだ、大宅壮一ノンフィクション賞の受賞会見がありました。

佐藤慶一(以下、佐藤):文藝春秋の「本の話WEB」でも目にしました(参考:これが本当のノンフィクション 活字の底力見せたい 第46回大宅賞雑誌部門は「ルポ 外国人『隷属』労働者」(安田浩一))。『G2』17号に掲載されたルポですね。

安田:会見の日、ぼくは地方取材中だったので、会場と電話をつないで記者からの質問に答えるというものでした。いくつかあった質問のなかで、最後の質問が紙媒体の将来に関するもので、紙媒体が非常に衰退傾向にあること、ノンフィクションという分野が以前ほど注目されていないこと、端的に危機的な状況にあることに関して安田はどう思うのか、という問いでした。

ぼくはこう考えたんです。まず、WebニュースやWeb媒体における報道においては、依然としてネットの世界のなかだけで流通している言葉と事象のみで、つまり取材という行為を省略したかたちで記事を提供している現状がある。その点、既存のノンフィクションには意義・意味があり、紙媒体の将来性も決して失われていない、というような返答をしました。すると、会場から拍手の音が聞こえたんです。その音を電話口で聞いていて、すごく気持ちよかった。ぼくが言ったことを受け止めてくれる、賛同してくれている。あの場にいたみなさんの気持ちを掴んだという、ある種自己陶酔に似た気持ちがありました。

ところが、しばらく時間が経つと、この気持ちよさってなんだろうと冷静に考え始めるわけです。それは"弱小政党の総決起集会"にも似たようなことだと思いました。「まだわれわれの存在意義はある! がんばろう!」とみんなで拳を振り上げるようなことは、ぼくがこれまで何度も取材で見てきた弱小政党やマイナー集団の総決起集会の悲惨さとダブったんです。つまり、ぼくの気持ちよさは、世間から見たら最大公約数にもなっていない、少数者の悲哀のなかでがんばろうとしているような気持ちだったんです。

しかし、インナーサークルのなかで拳を上げてもなんの解決にもなりません。活字にはまだ力がある、紙メディアには意義や意味がある、ノンフィクションにはまだ意味が失われていないことを確認する作業はできても、解決策を見つけることができない。そんな怒りや苛立ち、そして悲しみが入り混じった気持ちは次第に強くなっていきました。

青木:安田さんは温厚だからあまり言わないと思うけれど、今回の『G2』第19号で、佐藤くんの記事を巻頭に持ってきたことについて、ノンフィクションを真面目にやっている人からすると、「こんな企画を巻頭に持ってくるな」と心のどこかで思ったのではないかと思います。「紙媒体でノンフィクションはもはや成立しない」「コンテンツそのものよりもコミュニケーションに読者の興味がシフトしていく」とかいろいろ書いてますからね。

こういう企画を敢えて載せることで、『G2』を一生懸命つくり、育ててきた書き手からすると裏切られた気がするかもしれない。それでもぼくは佐藤くんの原稿を巻頭に持ってきた。今から6年前に『月刊現代』が休刊し、これからは『G2』という名前の媒体もなくなる。残せなかった、繰り返してしまったという、ものすごく忸怩たる思いがあるし、こんな時代にノンフィクションを書き続けている人々を大事にしたいと思っているけれど、でも、出版不況や社内の状況を含めて環境はますます厳しくなっている部分があるのも事実。ノンフィクション媒体がなくなることは、読者や書き手だけでなく、ぼくら編集者にとってものすごくショックなんです。だからこそ、ノンフィクションの未来について真剣に考えたいからこそ、逆説的ではあるけれども、ノンフィクション業界の外にいる佐藤くん――Webメディアと海外のメディア事情に詳しい人にあえて"暴論"を書いてもらったわけです。

スティーブ・ジョブズが「リベラルアーツとテクノロジーの交差点」って言ったのは有名な話だけど、次代のノンフィクションも旧来の世界観ではなくて、「取材型メディアとITの交差点」から生まれるような気がするし。少々乱暴すぎたかもしれませんが。

安田:いえ、冒頭に持ってくるのは大賛成です。なぜなら、雑誌の役割というのは、ぼくの大好きな荒畑寒村の言葉を借りるならば「平地に波瀾を起こす」――これがまさに雑誌の役割だと思っていて、定石通りではダメ。波瀾を起こす、というのは、いい意味でも悪い意味でも、常にあり方を裏切り続け、論争を起こすこと。その点において、佐藤さんの記事が巻頭でよかったし、意外と真面目にノンフィクション・メディアの将来像を考えていることについて、ぼくはむしろ敬服します。

青木:もう一つ最初に言っておきたいのは、これだけ環境が厳しくなってくると、ノンフィクションをつづけるのは、結局、意地や覚悟があるかどうかの問題なのかもしれない。どんなにお金にならなくても、媒体が減っても、取材費は原稿料が安くても、アルバイトをしてまでも書き続けることができるのか。覚悟がある人はそれでも続けるし、覚悟がなければやめる。それでも、出版社としては、媒体を残したい、いや、残していかなければいけない。そもそも、書き手に編集者が加わらないと、本当に読まれるものや売れるものはつくれないという考え方もあります。このあたりは意見の分かれるところですけど。

目指したのはアメリカ雑誌界の頂点『ザ・ニューヨーカー』。
新しいノンフィクション・ジャーナリズムの形を示そうと、すべてを大幅にリニューアルしました。

雑「誌」とは、「志」を「言(ことば)」で語るものだと思います。12本の特集記事から新しい風を感じ取ってもらえることを願いつつ。


『G2(ジーツー) Vol.19』
(講談社MOOK/税別価格:900円)

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