伊藤博敏「ニュースの深層」
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高倉健没後半年――遺骨やお墓をめぐる養女と親族たちとの「水面下の」事情

2015年05月21日(木) 伊藤 博敏
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2005年訪中時の高倉健。右は高倉を敬愛したチャン・イーモウ監督 photo Getty Images

映画俳優・高倉健が亡くなって半年が経過した。

今も、テレビの追悼番組、雑誌の特集記事が続いており、「高倉健」という存在が、俳優の枠を超え、「理想の日本人」のひとりとして、国民の胸に刻まれていることがわかる。

高倉健の「お墓」はどこにあり、「遺骨」はどうなったのか

NHKのBSプレミアムで、俳優の柳楽優弥がリポーターとなって、「高倉映画」の足跡を追うドキュメンタリー番組『高倉健が残したもの~人を想う心の旅~』が、5月16日、放映された。

そこで柳楽が、高倉に強く惹かれたのは、撮影現場で役を演じるだけでなく、スタッフや地元の人々との関係を大事にし、その後も律儀に交流を続ける高倉の「人への想い」だった。

共演者やスタッフに贈る時計やバッグ、世話になった人に欠かさない礼状、付き合いのあった少なからぬ人たちの命日に贈っていた「高倉」という名入りの線香――。

「想い」を伝えるエピソードには事欠かないが、一方で、プライバシーを大切にし、孤高を貫いた。

高倉健に、もう一歩近づき、親しくなろうとして、多くの人が「壁」にはばまれた。立ち入らせない領域があったという。

「遺骨」と「お墓」を封印したのは、「記憶に残しても、形あるものは残さない」という高倉が最後に発した強烈なメッセージのようである。

高倉の「お墓」はどこにあり、「遺骨」はどうなったのか。

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