弘兼憲史のアジア立志伝

シマコービジネススクール 第4回
~課長・島耕作のホームベーカリー〈後編〉~

早稲田大学ビジネススクール准教授 長内厚

2015年04月30日(木) 弘兼 憲史
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〔PHOTO〕thinkstock

 シマコービジネススクールとは?
日本を代表するビジネスマンガといえる「島耕作」シリーズ。大手家電メーカーで働く主人公が、現代企業版「のらくろ」のように出世をする過程で、様々なビジネスや事件を体験していきます。ストーリーには、著者の弘兼憲史先生の綿密な取材を基にした実話エピソードもちりばめられていて、企業、特に製造業の ケーススタディーの素材としても活用できるほど。
そこで、このコーナーでは、早稲田大学ビジネススクール(大学院商学研究科)で技術経営・経営戦略論を教える筆者が、島耕作シリーズのケーススタディーを通じて、ビジネススクールの講義のエッセンスをお話しします。

【第3回】はこちらをご覧ください。

「暗黙知」と「形式知」

前回に引き続き、島耕作のパンメーカーの話です。

松下電器がどのようにパンの質的情報である「美味しさ」を形にしたかをお話しする前に、知識には「暗黙知」と「形式知」という二つの異なる性質があるということからお話ししましょう。

この分類は、マイケル・ポランニーという社会科学者が提唱し、野中郁次郎先生が、暗黙知と形式知の変換を繰り返すことで新たな知識を創造することができるという経営学の議論に応用しました(これは、SECI理論と呼ばれています。読み方は「セキ理論」です)。

形式知とは言葉や数値的なデータのことで、文書や図表などで表現でき、それらの記述によって他者に伝達可能な知識のことです。一方、暗黙知とは、想いや文脈といった、経験によって得た感覚のような、形式知的に表現したり伝達したりしにくい知識のことで、芸術性や職人の技能、ノウハウ、「北斗神拳」などがこれにあたります。

また、知識とは、人と人、あるいは組織と組織の関係の中で場面特殊的(ある状況での文脈)であったり、経路依存的(これまでの経緯の文脈に依存したもの)で、簡単に言えば、情報に誰かの想いや意義が込められたものと野中先生は考えています。

マンガ世代に分かりやすい例を挙げれるとすれば、「次回作に期待」という文言があります。何の状況も想像せずに受け取れば、この情報の提供者は、次に出てくる作品を期待しているということになりますが、これが講談社のサイトでは言いにくい某出版社の少年マンガの最終回に付された言葉という状況が加味されると、「ああ、そういう(今作は残念な結果になったという)ことなんだな」と寂しい状況が理解できるわけで、知識には担い手の想いや主観が込められるわけです。

企業の経営という文脈で言えば、情報に付加される担い手の想いとは、ダイレクトに言えば「儲けたい」ですし、もうすこしお上品にいうのであれば、それこそが「価値」なのだ、ということができます。

そこで問題になるのは、暗黙知的な知識を企業、特に製造業はどのように扱えばよいかということです。その一例として野中先生は、松下電器(現パナソニック)のホームベーカリーの開発ストーリーを紹介しています。

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