長谷川幸洋「ニュースの深層」
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政治的にアンタッチャブルだった「おかしな医薬分業」の実態が規制改革会議でようやく議論の対象に

2015年03月13日(金) 長谷川 幸洋
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photo thinkstock/Getty Images

怪我や病気で病院や街の診療所に行く。診察の後、院外の薬局で薬をもらうのと、院内で処方されるのでは料金が2倍以上も違うのを、読者は知っていただろうか。私は知らなかった。どっちが高いかといえば、院外処方である。いったい、どうなっているのか。

 「薬漬け医療」対策から始まった「医薬分業」が・・・

これは「医薬分業」といって、背景には医療機関と薬局の分離を進めた政府の政策がある。それだけでなく、病院と薬局は原則として同じ建物、敷地内に併設してはならない(構造上の一体禁止)という規制もある。

こういう制度は患者に不利益ではないか。そんな問題意識から政府の規制改革会議が3月12日午後、霞が関で公開ディスカッションを開いた。私は委員の1人として司会進行役を務めたので、雇用問題を扱った2月13日公開コラム(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/42103)に続いて、医薬分業をめぐる議論の構図と考え方を書いてみる。

欧米では医薬分業が制度として定着しているが、日本で医薬分業が導入されたのは1951年に遡る。56年に医薬分業法が施行されたが、医師による調剤は禁止されず、院外処方せんの発行も多くの例外規定が認められたために普及しなかった。

その後、利益優先の医師や医療機関による薬の過剰投与、いわゆる「薬漬け医療」が批判されたこともあって、政府が医薬分業に本腰を入れ始めた。そのとき法による強制的な医薬分業も議論になったが、日本医師会は反対した。

分業義務付けの代わりに政府が選んだのは、院外処方を優遇する金銭的インセンティブの導入である。具体的に言えば、74年に処方せん料が100円から500円に引き上げられた。その結果、爆発的に院外薬局が増えて医薬分業が進んだ。

医科と歯科を合わせた診療日数×投薬率に対する処方せんの発行枚数でみた医薬分業率は72年にほとんどゼロ%だったが、2013年には67%にまで拡大した。昔は病院や診療所で薬をもらっていたのに、いまは街の薬局で買う人が多いはずだ。

そうなった根本的な理由が政府の金銭的インセンティブなのだ。数字で示そう。たとえば病院や診療所で内服薬を7日分処方してもらって、薬局でお薬手帳を出してもらうと、院外と院内で料金はどう違うか。

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