慎泰俊「プロフェッショナルの作法」

横山禎徳【第1回】本物の「プロフェッショナル」が備えていなければならないものとは?

2015年03月14日(土) 慎 泰俊
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慎泰俊氏と横山禎徳氏

「プロフェッショナル」の歴史と定義を辿る

慎泰俊:  尊敬するプロフェッショナルの方にその「仕事ぶり」を聞く本連載。第6弾の今回は、マッキンゼー・アンド・カンパニーの東京支社長を務め、現在東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム(EMP)の企画・推進責任者をされている横山禎徳さんにお話を伺います。まず、横山さんにお聞きしたかったのは「プロフェッショナル」とはそもそも何なのか、ということです。

横山禎徳: みんな「プロフェッショナル」って言葉をよく使っているけれど、定義を知って語っているのかな、といつも思うわけですよ。よく「プロになりなさい」とか言うじゃない。大企業で「君たちはプロになりなさい」と言っているが、そうなればなるほど会社に対する忠誠心は薄れるんですよ。プロフェッショナルとしての共感や連帯感が強くなり、組織に対する帰属心は二の次になっちゃうものだから。

だから、企業のトップが「プロになりなさい」なんて言うのは少しおかしな話ですね。そもそもの起源を辿ると、プロフェッショナルの概念が出てきたのは多分BC500年くらいで、当時は、神に対してprofess=公言すること、つまり神に仕える人たちを指したんです。歴史上、最初のプロフェショナルは、聖職者です。これは紀元前のことなので、「神々」であって、別にキリスト教の神ではないんです。その次は何だかわかりますか?

慎: お医者さんですか?

横山: そうです。人間の日常生活の中でいちばん重要なものは、人と人とのいさかい、それと自分の健康だとして、調停者と医師がプロフェッショナルになったんです。前者は今で言うと弁護士になりますね。

慎: 今の職業人というかプロフェッショナルとして仕事をしている方は神に忠誠を誓っているわけではありませんね。ということは、プロフェッショナルとは原理原則に対して何らかの忠実さを保つ人のこと、ということになるのでしょうか?

横山: 今の時代、professの対象は神じゃないんですよ。世間に対して公言するという意味にとった方がいいでしょう。現代は神の位置づけも多様であいまいですから、医者も弁護士も別に神に対して何かを誓っているということではありません。しかし、基本的な考え方や行動は変わっていません。医者だと紀元前4世紀のギリシャでできたとされる「ヒポクラテスの誓い」というのがあって、これが基本的なプロフェショナリズムの考え方を提示しているんです。

短いものなんですが、患者の利益を優先し、患者の害になることはしないなど「私はこういうことはしない」ということが書いてあるんです。そして最後に「患者のことは絶対に口外しない」と、今で言えば守秘義務ですね。そういったことがいろいろ書かれているんですよ。これを最近まで医学部に入った学生はみんな読まされていました。

そういうふうに、プロフェッショナルとしての高度技能と自己規律というのが世間一般に認められてくるんです。ところが時代が下るにつれて自分たちもプロフェッショナルだと称する人たちがすごく増えてくるわけです。assessor=不動産鑑定士とかね、それからchemist=化学者ですね。たとえば、床屋の前に赤と青のグルグル回っているものがあるでしょう。あれは静脈と動脈だという説がありますよね。つまり、床屋は医者、今でいう外科医でもあったわけで、その辺は分離していなかった。

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