舛添レポート

【舛添都知事日記】ウィリアム英王子にも伝わった、おもてなしの心

2015年03月03日(火) 舛添 要一
upperline
〔PHOTO〕gettyimages

東京の躍動する姿をご覧に入れるコース選定

2月26日午後、イギリスのケンブリッジ公爵殿下(ウィリアム王子)が来日された。事前に、英国政府から、羽田から都心まで東京都でお迎えしてもらえないかとの依頼があったので、喜んで承ることにした。

まずは、コースの選定であるが、東京の躍動する姿をご覧に入れることが重要だと考えた。東京は、2020年のオリンピック・パラリンピック大会を目指して、競技施設の整備をはじめ、都市改造を行っている。臨海部には選手村をはじめ、多くの競技施設が建設される予定であり、また、海から東京を眺めるのも楽しい。飛行機が羽田空港に降り立つとき、レインボーブリッジやスカイツリーや高層建築が一望できるが、外国のお客様にすばらしいとよく言われる。さらには、海に面していること、つまりウォーターフロントの素晴らしさは、海のない地域から来た観光客にとっては垂涎ものだという。

そこで、羽田空港で船に乗り換え、東京湾の船旅を楽しみながら上陸するというプランを立てた。東京都所有の船は、あいにくドッグ入りしているため、民間の船をチャーターし、大きさよりも速度を優先して選んだ。そして、上陸地点は浜離宮恩賜公園とし、そこで茶の湯のおもてなしをすることに決めた。

浜離宮は、承応3(1654)年に4代将軍徳川家綱の弟で甲府宰相の松平綱重が、将軍家の鷹狩場として建てた別邸であり、甲府浜屋敷と呼ばれた。その後、綱重の子、綱豊(家宣)が6代将軍となったので、この屋敷が将軍家の別邸となって、浜御殿と呼ばれるようになった。その後、何度か改修が行われ、11代将軍家斉の時代に、現在の姿の庭園が完成したものである。

ちなみに、明治時代にヨーロッパの王室として初めて日本を訪問することになったエディンバラ公アルフレッド殿下をお迎えするために、浜離宮の中に急遽建造された迎賓館が延遼館である。これは鹿鳴館が完成するまで政府の迎賓館として使われたが、その後、取り壊されたままとなっていた。

そこで、2020年までに、この延遼館を復元する形で、東京都の迎賓館を建設する予定である。世界のトップクラスの都市が、外国の賓客をもてなすための施設を持っているのは当然である。幸い、昨年末に渋谷にある都知事公舎が約44億円で売却できたので、その売却代金を延遼館の復元費用として活用できる。

1
nextpage



underline
アクセスランキング
1時間
24時間
編集部お薦め記事
最新記事