日本の底力

震災4年目/余震の中で新聞を作る120 ~風評の厚き壁を前に/南相馬・新たな希望~相馬農高生の魂

河北新報編集委員が記録する「被災地のジャーナリズム」

2015年01月30日(金)
upperline
太田地区の田んぼに芽吹いた菜種

Vol.119はこちらをご覧ください。

写真文/寺島英弥 (河北新報編集委員)

127回目 ~風評の厚き壁を前に/南相馬・新たな希望~相馬農高生の魂

「菜種をまいたんだ。向こうの田んぼに、ほら、芽が出ているだろう」。2014年11月21日、南相馬市原町区太田の農家で市議、奥村健郎さん(58)を訪ね、取材を終えて表に出た時です。高台にある自宅の前から、奥村さんは南に広がる田んぼを指差しました。確かに、そこの一部が淡い緑に染まっています。田んぼの端まで下りてみると、ギザギザの扇のような小さな葉がいっぱい出ていて、広さは2ヘクタール余りありそうでした。

奥村さんから聴いた、市内のコメ作付け再開をめぐる厳しい状況を「震災4年目/余震の中で新聞を作る122~風評の厚き壁を前に/コメの行方 その2 南相馬」で記しました。2011年の福島第1原発事故以来「自粛」が続く中、放射性物質の有無を調べるため点々と作られた実証田をのぞけば、眠ったままだった田んぼに生命の色が戻ったようでした。

「来年5月に菜の花が咲き、7月には刈り取って、菜種油を搾ることにしている。2年前から、少しずつ試作してきた」。こう語った奥村さんは、2012年7月末、南相馬市内で1年中止された相馬野馬追の復活に合わせ、太田地区復興会議など地元3団体が企画した「ひまわりプロジェクト」の中心になり、騎馬武者が通る道沿いの田んぼ計1ヘクタールに大輪のヒマワリを咲かせました(『余震の中で新聞を作る75~祭りの準備/南相馬』参照)。

ヒマワリを刈り取った後は、有機栽培や食の安全の研究機関で、南相馬の農業復興を支援するNPO法人「民間稲作研究所」(栃木県上三川町)の施設で搾油を試みました。「大豆、菜種と併せて3種類。農地の自然な除染効果があり、新しい商品作物となる油脂植物の可能性を調べた。その結果、種を買うコストを含め、一番有望なのが菜種だった」。

奥村さんらはコメにまつわる放射能の風評や米価暴落に絶望することなく、南相馬でこの先、地域と農家自身を再生できる生業の形を模索していました。その候補が菜種です。

発売された「油菜ちゃん」

「油菜(ゆな)ちゃん」。こんな名前の南相馬産の菜種油も生まれていました。奥村さんら、市内で菜種の試験栽培に取り組む農家有志13人と8つの団体が結成した社団法人「南相馬農地再生協議会」が2014年夏、最初の成果として商品化しました(「道の駅 南相馬」の店頭やインターネットで販売)。

帰り際に見せてもらった現物の「油菜ちゃん」は、ほのぼのとした黄と青のラベルが美しく、菜の花の精のような女の子のキャラクターが描かれていました。「いいだろう? 相農(福島県相馬農業高)の生徒たちがラベルを考えてくれた。学校を挙げて菜種の試験栽培に取り組んでいる。一度、話を聴きに行ってみるといい」

相馬農業高を訪ねたのは、ひと月余り後の12月24日。石巻市鮫浦で昼に取材を終えた後、三陸自動車道を経て、相馬―南相馬間が前月につながった常磐自動車道を一路南下してのロングドライブ。その先に、若者たちとの思いがけぬ出会いが待っていました。

1
nextpage



underline
アクセスランキング
1時間
24時間
編集部お薦め記事
最新記事