佐々木俊尚「ブレイクスルーな人たち」
2015年01月20日(火) 佐々木 俊尚

SmartNews鈴木健【第2回】「コミュニティを構成する人間の”当事者性”の濃淡を可視化して、ニュースをパーソナライズする」

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佐々木俊尚氏と鈴木健氏
これからのメディアについて、ジャーナリスト佐々木俊尚氏が切り込んでいく本連載4人目のゲストは、スマートニュース社共同CEOの鈴木健氏。同社が開発・運営するニュースアプリSmartNewsは2014年10月に米国版がリリースされ、全世界で高い評価を得ている。ニュースアプリの先頭を走り続けるSmartNewsは、何を目指しているのか---。 (文・田中裕子)

第1回はこちらからご覧ください。

当事者性には「濃淡」がある

鈴木 1925年に発刊されたウォルター・リップマンの『幻の公衆』には、すでにこういうことが書かれているんです。「投票率は下降し、棄権する人々も増えた。これまでの制度は小さな社会では成立するが、大きな社会、いわゆる『グレート・ソサエティ』では通用しなくなる。なぜなら、一般民衆はあらゆる問題を考え、処理することができないからだ。だから、一般民衆に期待するのではなく専門家ががんばるしかない」。

佐々木 つまり、一般民衆を含んだ「公衆」なんてものは幻である、と。

鈴木 はい。一方、リップマンと論争を起こした哲学者のジョン・デューイはその言説に対し、「グレート・ソサエティではなくグレート・コミュニティ(共同体)にすればいいんだ」と持論を展開しました。デューイにとって公衆とは、同じ問題から影響を受けるような人々の集団でした。当事者である人々がコミュニケーションをしながらボトムアップに実践が行われるコミュニティを重視すればいい、と。

佐々木 うん、そのイメージはわかるな。でも、問題なのは「どうやってコミュニティにするか」でしょう?

鈴木 そうなんです。けれど、コミュニティの話の前に、コミュニティを構成するひとりの人間の「当事者性」の問題は避けては通れません。反射的には「そんなことない」と思われるかもしれませんが、今、自分が当事者かどうかもわからなくなる現象がいたるところで起こっています。

佐々木 ああ、政治やジャーナリズムなんてまさにそうです。たとえば、八ッ場ダム問題。東京に住んでいる人と群馬県、それも地元のステイクホルダーとは当事者性がまったく違います。これはつまり、八ッ場ダムに対するレイヤーが違うということですよね。

鈴木 そうそう、まさにそういうことです。

佐々木 でも、たとえば「ダムが地元にあったらどうか?」とか「日本にダムは必要か?」みたいにテーマを広くしたら、多くの日本人にとって当事者問題にならないかな。

鈴木 ダムに対するレイヤーは、日本人だから全員同じというわけではありません。ダム数がいちばん少ない東京都に住んでいる人は自分ごとにしにくいし、東京に住んでいても、ダムオタクであれば当事者でしょう。つまり、レイヤーには濃淡があるんです。

佐々木 濃淡がある、か。それはそのとおりですね。

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