わき道をゆく~魚住昭の誌上デモ
2015年01月18日(日) 魚住 昭

「嘘さ、君、そんなことは」 関東大震災のデマと南京大虐殺について
魚住昭の誌上デモ「わき道をゆく」連載第109回

週刊現代
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また関東大震災について書く。『九月、東京の路上で 1923年関東大震災 ジェノサイドの残響』(加藤直樹著・ころから刊)という本を読んで、大切なことを思い出したからだ。

筆者の加藤さんは91年前の朝鮮人虐殺現場を訪ね歩き、そこで起きたことを当時の証言などで再現している。それは目を覆うような惨劇と言うしかないのだが、私がハッとさせられたのはその場面ではない。後半に登場する菊池寛と芥川龍之介のくだりである。

菊池といえば『恩讐の彼方に』などの大衆小説で知られる文壇の大御所で、文藝春秋の創設者でもある。芥川は菊池の盟友で、今も根強い人気を誇る国民的作家であることは言うまでもない。

その芥川が震災直後、〈僕は善良なる市民である。しかし僕の所見によれば、菊池寛はこの資格に乏しい〉という出だしの文章を書いた。まずはそのつづきをご紹介しよう。

〈戒厳令の布かれた後、僕は巻煙草を啣えたまま、菊池と雑談を交換してゐた。尤も雑談とは云うものの、地震以外の話の出た訳ではない。その内に僕は大火の原因は○○○○○○○○さうだと云つた。すると菊池は眉を挙げながら、「嘘だよ、君」と一喝した。僕は勿論さう云はれて見れば、「ぢや嘘だらう」と云ふ外はなかつた。

しかし次手にもう一度、何でも○○○○はボルシエヴイツキ(注:社会主義者)の手先ださうだと云つた。菊池は今度は眉を挙げると、「嘘さ、君、そんなことは」と叱りつけた。僕は又「へええ、それも嘘か」と忽ち自説(?)を撤回した。

再び僕の所見によれば、善良なる市民と云ふものはボルシエヴイツキと○○○○の陰謀の存在を信ずるものである。もし万一信じられぬ場合は、少くとも信じてゐるらしい顔つきを装はねばならぬものである。けれども野蛮なる菊池寛は信じもしなければ信じる真似もしない。(後略)〉

芥川は逆説的な表現で、流言飛語を断固否定した菊池の眼力を讃えている。前回書いた井伏鱒二の例でもわかるように、当時の知識人のほとんどは朝鮮人(+社会主義者)暴動のデマに踊らされた。が、菊池はちがう。混乱の真っ只中にいて真実を見抜いている。

と、私は感じ入ったのだが、加藤さんによると、今はこの文章を根拠に「芥川は大火の原因を一部朝鮮人の犯行と見ていたようだ」「芥川は菊池に対する激憤の行方として、自死を選んだように思えてならない」というトンデモ話がまかり通っているらしい。

しかも、震災最中の新聞のデマ記事を“証拠”に「朝鮮人による暴動は実際にあった。自警団や軍の暴力はそれへの反撃だった」とする朝鮮人虐殺否定論がネットで広がっているという。

ぞっとする空気である。目撃証言や証拠が山ほどある朝鮮人虐殺をなかったことにするなんて、まともな人間のすることではない。

いつからこうなったのだろう。慰安婦問題が起きた1990年代初頭か。ちがう。もっと前だ。1973年に文藝春秋から『「南京大虐殺」のまぼろし』(鈴木明著)が出て、ベストセラーになった。あれから始まったのだ。

と言っても、大半の読者は覚えておられないだろうから順を追って説明したい。'71年、朝日新聞が大型ルポ「中国の旅」を連載した。その中で筆者の本多勝一氏が南京の住民から聞いた話として「百人斬り」を取りあげた。「百人斬り」とは、南京攻略に向かう日本陸軍にまつわる話である。

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