伊藤博敏「ニュースの深層」
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最高検の検察改革で司法とマスコミが一体となった「魔女狩り」は変わるのか!

2011年06月23日(木) 伊藤 博敏
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 最高検は、7月上旬、「特捜部の在り方」を含む検察改革に関する方針を取りまとめる。現在、最後の詰めの作業に入っているが、検察関係者によれば、「特捜部は存続で組織的な見直しもなく、監察室の設置など、小幅の修正にとどまるのではないか」という。

 検察改革は、主任検事が証拠を改ざん、特捜部副部長と特捜部長がその事実を隠蔽したという前代未聞の大阪地検事件を受けて検討が始まり、法相の諮問機関である「検察の在り方検討会議」が、3月末、「特捜部のチェック体制の強化と取り調べの可視化(録音録画)の範囲拡大」などを提言、それを受けた江田五月法相が、3ヵ月以内に方針を固めるように指示していた。

 私は、本誌の3月31日付で、「検察の在り方検討会議への不満」を書いた。それは「検討会議」が、特捜捜査に対する「根源的問題」に迫っていないからである。

 何が「根源的問題」か。

 それは、18年前の「金丸(信自民党元副総裁)脱税事件」をピークに、ゼネコン談合組織の解体、証券取引等監視委員会、公正取引委員会といった監視監督機関の機能強化、政治資金規正法違反による摘発へのシフトなどで、国民が喝采を贈るような「特捜案件」が少なくなっているにもかかわらず、特捜部がかつての"栄光"を忘れられずに捜査を自己目的化、「事件を作る」という誤った方向に向かっていることである。

 端的な例が経済では、ライブドア事件、政治では小沢一郎事件である。

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