中国
不良債権だらけでも中国経済を象徴する「中国農業銀行」の上場問題

 7月下旬のある日の夕刻、私の北京のオフィスからほど近い、中庭付きのオシャレなカフェバー「FACE」で、欧米や中東などの金融関係者たちの立食パーティが開かれた。

  3階建ての古い広大な中国式家屋を改装したこのバーは、いまや北京在住欧米人の「溜まり場」として、すっかり有名だが、この日、彼らがここに集まったのには、訳があった。

  このバーの中庭の正面には、中国農業銀行の旗艦店が聳えている。そして、このバーへ入るには、中国農業銀行の駐車場を突き抜けて行かねばならない。

 そう、この広大なバーは、中国農業銀行が、社宅を改装して貸しているのである。そして、この晩のパーティの最大の話題は、まさに中国農業銀行の株式上場問題だったのだ。

  中国農業銀行は、7月15日に上海で、翌16日に香港で、株式上場を果たした。上場に際して集めたIPO発行金額は、実に221億ドル! 

 日本円で2兆円近い資金を、国有銀行とはいえ、一企業が集めてしまったのだ。これは世界の株式上場史上、最高額である。ちなみに、日本勢は第4位に1998年上場のNTTが、8位にこの3月上場した第一生命が名を連ねているが、どちらも200億ドルの大台には及ばない。

  実際、中国農業銀行は、世界最大のマンモス商業銀行である。行員数44万人、支店数2万3624ヵ所、個人顧客数は、3億2000万人に上る。日本の三井住友、東京三菱、みずほの3大商業銀行を合わせたより、はるかに巨大な組織なのだ。

  中国では、どんな田舎へ行っても、村の中心に中国農業銀行が、ドンと鎮座している。それはあたかも、ヨーロッパの小都市へ行けば、広場に教会が建っているようなものだ。農家や零細企業は中国農業銀行からの融資に依存しており、村の有力者の子弟たちは、中国農業銀行へ就職することが、ステイタスになっている。

 中国農業銀行の支店長ともなれば、村長より格上だったりする。中国農業銀行はまさに、9億人いる中国の農村人口を経済的に支えている大黒柱なのだ。

  このため、中国政府もこの銀行を必死で支えている。高すぎる不良債権比率を減らすため、上場前の株式の約半分を保有していた中国財政部は、計2度にわたって、多額の不良資産を引き取っている。一度目が1999年で3458億元、2度目が2008年で8156億元である。合計すると、日本円で13兆円!

 日本で90年代末に小渕政権が行った公的資金の注入など、生ぬるく思える。こうして無理やり「キレイな体」にした上で、何とか今回、デビューさせたのである。

  それでも中国農業銀行は、鄧小平が改革開放政策を始めて間もない1979年3月に設立されてから、今回、「悲願の上場」を果たすまで、31年も要した。しかも現在でも、退職者への年金負債を545億元も抱えるなど、破綻したあのGMを彷彿させる状況だ。

 人気経済誌の『週刊証券市場』が、農業銀行の上場に合わせて行った「上場15銀行最新ランキング」によれば、「総資産に占める利益率」「高リスク融資回収率」など、比較した15項目の大半において、中国農業銀行はサイテーなのである。

  こうしたことから、中国政府が期待し、世界の金融関係者が注目した初日の株価の動きは、2.68元~2.70元(1元=約11.1円)をウロウロするばかり。

 結局、上昇率は0.75%と、微々たるものだった。先に上場を果たした4大中国国有商業銀行の他の3行(中国銀行、中国建設銀行、中国工商銀行)が、初日にそれぞれ、23.1%、32.2%、5.1%と大いに"飛躍"したことを思えば、隔世の感がある。

 農業銀行の株価は、上場して2週間経っても、2.84元付近を上下している。はっきり言って、市場は今回の上場を、冷ややかに見ていたということだ。

  そもそも北京っ子からすれば、「農行(中国農業銀行の略)はダサい」というイメージが定着している。

「でも実はいまこそお買い得かもしれない」

 例えば中国銀行なら、待ち時間にお茶をサービスしてくれるし、20万元以上の預金者ならば「VIPコーナー」に案内されて待つこともない。用事が済めば、顧客は応対した行員の態度に対して、「とても満足・満足・不満」という3つのボタンのどれかを押すシステムになっているので、行員のサービスも抜群に向上している。

 これに較べて中国農業銀行は、行員の制服もイマイチだし、待合室もちょっと薄暗くて、旧態依然としたイメージがあるのだ。

  だがこうしたことは、かつて中国銀行などが皆そうだったように、上場によって一変するかもしれない。実際、銀行の古めかしい寮は、最新式のカフェバーに生まれ変わっているではないか。

  さて、話を冒頭の「農業銀行バー」に戻そう。この日のパーティに集まったのは、中国農業銀行への投資に積極的な面々だった。

  参加したアメリカ人は、次のように語った。

「今回の上場に際しては、取引関係のあるアメリカ最大の食糧会社ADMが、1億ドルも投資した。中国の9億人の農村人口は、リスクではなく、今後の大きな発展が望めるチャンスと見るべきだ。

 それに、農業銀行の幹部たちは、『農村部での融資は、実は全体の4分の1に過ぎず、農業銀行という行名に海外投資家たちの抵抗があるなら、チャイナ・タウンバンクと改名してもよい』と強調している」

  アラブの投資関係者も、農業銀行をこう擁護した。

「今回の上場に際して海外の投資家から集めた54億ドルあまりの資金のうち、カタール国家投資局が28億ドルでダントツの1位、クウェート国家投資局が8億ドルで2位と、われわれ中東勢で過半数を占めている。

 いまの胡錦濤政権は、農村の生活向上を政権の最重要課題に掲げており、実際、2000年以上中国で続いてきた農業税(農民への人頭税)を廃止したではないか。今後、農業銀行の価値が上がらないはずがないし、いまお買い得なのも魅力だ。

 なお、ドバイにこのほど建った世界最高層828m、168階建てのブルジュ・ハリファビルは最近、中国人投資家の買い占めラッシュが起こっている。われわれは互いの投資価値を認め合っているのだ」

  かつてGMが「アメリカの象徴」と言われたように、中国農業銀行は、ある意味で「中国の象徴」である。今後この銀行の浮沈を見れば、中国の未来が予測できるのかもしれない。

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