国際会議でもぶら下がり取材に邁進、「ガラパゴス化」した日本の新聞社
「速報ニュース至上主義」に追われ「肉体労働者」になる新聞記者

 国際会議の取材現場では、日本の新聞社の「速報ニュース至上主義」が浮き彫りになる。これを象徴するのがぶら下がり取材だ。

 記者は、歩いて移動中の取材対象者に「ぶら下がる」ようにして質問する。会議を終えてホテルに向かおうとする取材対象者を取り囲んだり、記者会見を終えて会見場を出ようとする取材対象者をつかまえたりするのだ。

 独自取材そっちのけで、いわば「突撃取材」に走り回るわけだ。これは今も昔も変わらない。

今年1月にスイス・ダボスで開催した世界経済フォーラムの年次総会。こちらでも日本の記者は「ぶらさがり」    (写真提供:ロイター=共同)

 個人的には1990年代半ばを思い出す。日本経済新聞のチューリヒ支局長としてスイスに駐在していた。

 国際機関が集中するスイスでは国際会議を取材し、要人にぶら下がる機会が多かった。他国の新聞記者と比べて自らの行動を観察できたため、当時の体験は今も鮮明に覚えている。

 チューリヒには日経新聞と同様に、欧米系の有力経済紙が支局を置いていた。米ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)と英フィナンシャル・タイムズ(FT)だ。ビジネス界の事実上の世界共通言語である英語で書かれているだけに、両紙ともヨーロッパ中のビジネスマンの間で読まれ、影響力があった。

 当時のFTチューリヒ支局長はイアン・ロジャー。その前に東京支局長を務めていた彼とは、東京支局長時代から個人的に面識があった。「経済新聞の記者として同時期に東京からチューリヒへ異動するなんて奇遇だね」と意気投合し、市内で一緒に食事したこともある。

 食事の席で、次のような会話をした。

「イアン、もうすぐバーゼルの国際決済銀行(BIS)本部で中央銀行総裁会議が開かれる。ぼくは毎月それを取材しているのだけれども、FTは関心がないようだね」

「そこに行って何をするの?」

「ロビーに現れる各国中央銀行総裁に突撃取材する。何かコメントするかもしれないから」

「それは通信社の仕事では? 日経新聞の事情には詳しくないけれども、少なくともFTでは速報ニュースの処理を求められていない。必要ならば、通信社電を使えば済む」

 独自取材でBIS本部を訪れることはあっても、ぶら下がり取材のためにBIS本部を訪れることはないというのだった。

「中央銀行の中の中央銀行」と呼ばれるBISの本拠地スイス・バーゼル。ここで毎月、主要国の中央銀行総裁が集まり、金融情勢について意見交換する。会議が終わると、各国中央銀行の総裁がBISの本部ビルから次々と姿を現し、宿泊しているホテルに向かったり、止めてある車に乗り込んだりする。

 ぶら下がり取材には絶好のチャンスである。世界の金融市場が中央銀行の一挙手一投足に注目している。中央銀行総裁が何かコメントすれば、それだけで金融市場が動く可能性がある。そのため、BIS本部ビルのロビーには毎月、ヨーロッパ各地から多くの経済記者が集まる。

日本の新聞記者以外は通信社の記者だけ

 わたしがチューリヒに駐在した2年半、電車で1時間半かけて毎月バーゼルへ行った。その間、BIS本部のロビーで一緒に待機する記者団の中に欧米の新聞記者を目撃したことは1度もなかった。欧米の新聞界の常識に照らし合わせると、FTのロジャーの行動は「普通」だったのだ。

 APダウ・ジョーンズ、ロイター、AFX――。BIS本部のロビーに毎月集まる欧米人記者の所属は、決まって経済通信社だった。インターネットの揺籃期、全員が特別仕様の情報端末で武装し、ロビー内で即座に原稿を執筆・送信する体制を築いていた。そんな必要性がないのは通常、わたしだけだった。

 この点では疑問の余地はなかった。ぶら下がり取材がひと段落すると、バーゼル市内のレストランで欧米人記者とよく夕食をともにした。通常10人前後が集まり、お互いに顔も名前も知っていた。わたしを除いていつも全員が速報記者、すなわち通信社所属だった。

 数カ月に1度、日本銀行総裁も中央銀行総裁会議に出席した。すると、BIS本部のロビーで待機する記者の顔ぶれが少し変わった。わたし以外にも日本人記者が加わり、日本人だけで固まる一角ができたのだ。日本人記者団には一般紙の新聞記者も含まれた。

 日銀総裁がロビーに登場すると、日本人記者団が総裁を取り囲んだ。日本語だけでぶら下がり取材するため、欧米人記者は輪に加われない。つまり、日本メディアの「独自ネタ」になった。ホテルまで歩いて5分程度、総裁は会議の内容のほか直近の市場・経済情勢について感想を述べてくれた。

 少なくとも通信社の記者にしてみれば、BIS本部のロビーで待機していれば必ず収穫があった。会議が終わると、議長役の中央銀行総裁による記者懇談があったたからだ。当時の議長役はドイツ連邦銀行総裁のハンス・ティートマイヤーで、会議内容を大まかに説明してくれた。

 ただ、これはぶら下がり取材ではなく、ロビーで開かれる即席の公式ブリーフィング。大ニュースが飛び出すことはなかった。

 速報記者にとって最大の関心事は、アメリカ連邦準備理事会(FRB)議長のアラン・グリーンスパンだった。グリーンスパンがロビーに出てくると、何人もの記者が目の色を変えて追いかけた。ぶら下がり取材を試みたのだ。だが、グリーンスパンはいつもそそくさと車に乗り込み、消え去ってしまった。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら