リーマンショックを超える欧州発「8月危機」の正体
世界の金融市場は厳戒態勢

 世界の金融市場は今週末から来週にかけて、緊迫した局面を迎える。

 欧州の銀行91行が経営の健全性審査(ストレステスト)の結果を発表するからだ。結果次第では、欧州の銀行が抱えた不良債権の実態が浮き彫りになって、世界経済は新たな「8月危機」に見舞われる可能性がある。

 欧州の銀行に疑惑の目が投げかけられたのは、ギリシャ危機がきっかけだ。ギリシャ国債が暴落し、買い手がつかない状態に陥ると「ギリシャ国債を保有している銀行が危ないのではないか」という観測が広がった。

 ギリシャのソブリン危機はポルトガルやスペイン、さらにはハンガリーやブルガリアといった南欧諸国にまで拡大し、つれて銀行経営に対する懸念も一段と高まった。

 銀行は他の民間企業とは違って、信用を取引している。「どこかの銀行が危ない」という状態を放置すると、不信が不信を呼んで、銀行間取引が収縮していく。やがて健全なはずの銀行も資金調達懸念から自己防衛に走って、融資を手控えるようになる。

 最終的には、どの銀行も自己資本比率を守るために融資を減らさざるを得なくなり「貸し渋り」や「貸しはがし」が経済全体に広がっていく。これが金融危機が経済危機に進む基本的メカニズムである。日本でも「貸し渋り」が大問題になったのは記憶に新しい。

 そんな最悪シナリオを未然に防ぐために、リーマンショックの後、米国は国内銀行についてストレステストを実施した。テスト結果を受けて、資本不足を指摘された米国の銀行は一斉に資本増強に動いて危機が収束していった。

 この経験から米国は欧州に対して、2009年に続いてギリシャ危機を受けた二度目のストレステスト実施を求め、今回、欧州銀行監督委員会(CEBS)が実施した、というのが経緯である。

 結果は23日午後(日本時間24日未明)にも発表される。

 市場には「ドイツの州立銀行やフランスの大手銀行が資本不足と判定されるはず」といった観測が流れる一方、ユーロ圏財務相会合のユンケル議長が発表前から「大惨事になるとは思わない」と語るなど、各国の政策当局者からは火消し発言が相次いでいる。

 だが、発表された結果が「資本不足の銀行はわずかだった」といった明るいトーンに傾くと、逆に市場は「検査自体に手心が加えられた」と受け取って、かえって不信が高まる懸念がある。このあたりが微妙なところだ。

 ある東京の金融関係者は「『欧州の銀行のひどさは米国以上』というのが通説になっている。米国ですらリーマン・ブラザーズが倒れたのに、欧州の銀行が安心というのはとても信じられない」と語る。「おおかたは健全だった」と発表してみても、市場がどう反応するかは、フタを開けてみるまで分からない。

 日本にとって当面、気になるのは円高の行方だ。

 もしも市場が金融危機再来を懸念してユーロ売りで反応すれば、円高がいっそう進む。

 それだけでも悩ましいが、実はもう一つ、隠れた円高材料がある。

 菅直人政権が参院選で敗北し、衆参各院で多数派が入れ替わる「ねじれ国会」になったことで、政権運営が極めて困難な事態に直面していることだ。

 当面の重要課題である2011年度予算編成も概算要求基準(シーリング)作成の段階から事実上、立ち往生している。6月25日付けコラム(「参院選挙後の菅政権を待ちかまえる「増税国会」の難局」)で指摘したように、そもそも財源がないだけでなく、自民党など野党が要求するマニフェスト見直しも進まない。

 このまま新成長戦略やマニフェスト政策を盛り込んだ予算編成や税制改正作業をすすめたところで、来年1月からの通常国会で予算関連法案が参院で可決成立する見通しは立っていない。

 それどころか、国家戦略室を首相への助言機関に格下げしてしまった。いまや菅政権は事実上、マクロ経済政策を管理する司令塔を欠いた状態だ。仕組みの話の前に、そもそも内閣全体で共有するマクロ経済政策そのものがない。

 鳴り物入りで宣伝している新成長戦略も実態はといえば、経済産業省が勝手に作った「お勉強ペーパー」のようなシロモノである。法人税引き下げを目玉に掲げているが、財務省は反対している。

 農業や金融政策など他省や日銀にかかわる問題は注意深く踏み込まないか、せいぜい経産省の言い分を並べたにすぎない。ようするに菅内閣全体としての取り組みというには、ほど遠い内容である。

 金融市場は、こうした日本のマクロ経済戦略なき「脳死状態」をしっかり見ている。すると、なにが起きるか。

 欧米各国はリーマンショックの後、一斉に財政出動に動いて、なんとか景気を小康状態にまで戻した。だが、いまや財政に余力はなく、欧州にいたってはギリシャ危機に驚愕して増税や歳出削減の財政引き締めに動いている。

 ここで再び金融危機に見舞われたところで、もう財政出動で景気を支えられないのだ。すると、残る手段は理論的に考えれば為替切り下げになる。為替切り下げによって、輸出を増やし景気を下支えするのだ。

 かつては利下げや為替介入といった政策手段を駆使して、当局が意図的に為替切り下げを図った。典型的な「近隣窮乏化政策」である。だが現代において、そんな露骨な政策に乗り出せば、たちまち世界中から批判され、悪くすれば仲間外れになってしまう。

 そもそも世界はすでに低金利になっているから、利下げしようにもできない。根本的な政策手段である利下げの弾が尽きているのである。

 ここからは私の仮説だ。

 政策手段がないと言っても、各国が内心、輸出振興につながる自国通貨安を歓迎していることには変わりはない。

 そうした各国の本音を読み取って、気の利いた投資家は通貨売りを仕掛ける。どこの国の通貨を? 米国のドルと欧州のユーロである。なぜなら、世界全体を見渡して、日本の菅政権が異常なパラリシス(麻痺)状態に陥っているからだ。

 実際、6月下旬のG20首脳会議以来、円高が進んでいるのに、菅政権からは円高対応の政策どころか、円高懸念のメッセージ一つさえ発信されていない。

 こうした状態を眺めれば、投資家は安心してドル売り円買い、ユーロ売り円買いを仕掛けることができるのである。

仙谷官房長官対枝野幹事長の暗闘

 菅政権の実態をもう少し詳しく見れば、いまや茫然自失状態から立ち直れない菅首相に代わって、仙谷由人官房長官が政権の実権を握りつつある。加えて、枝野幸男幹事長と仙谷の間で内ゲバが始まったのではないかと思えるふしさえある。

 枝野については、最近発売された「新潮45」8月号が衝撃的な記事を掲載した。

 記事は「枝野が革マル派の秘密組織幹部とみられる人物と『連帯して活動します』という覚書に署名していた」と報じている。産経新聞によると、枝野はこの記事について20日の記者会見で「一般的な政策協定を結ぶ一定のひな形の通りだ」と釈明した。

 枝野は参院選の最中に「やろうとしていることはほとんど一緒だ」と語り、みんなの党との協調を示唆したが、これに民主党の支持母体である自治労などが強く反発した。

 もし今回の「新潮45」の記事が事実であるならば、自治労は枝野の真意を強く警戒した可能性がある。こうした文脈から、自治労が支援している仙谷もいまや枝野と緊張関係にあるとみられるのだ。

 菅の求心力が衰えるにつれ、仙谷の相対的なパワーが強まり、枝野もダメージを受けた。国家戦略室の格下げには、鳩山由紀夫前政権を支えた中心人物の一人である松井孝治官房副長官も強く反発している。菅政権の実態はいまやボロボロではないか。

 金融市場はこういう政権の実態を見逃さない。

 ようするに、菅政権が政策麻痺状態に陥っているから日本が世界の標的になって円高が進むのだ。この調子だと、8月は政治も経済も大荒れ必至である。

(文中敬称略)

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