暗い東京で日本の「便利さ」を見直す。
月に一度はすべての店を休みにしてみてはどうか

深夜のコンビニはどれほど必要か
ベルリン〔PHOTO〕gettyimages

 5月の末より日本にいる。帰国する前は、「東京は暗いですよ」と言われていたが、来てみるとそれほど暗い感じはしない。ドイツの照明が元々暗いせいだろう。

 そういえば、一昨年、日本のテレビチームの取材をベルリンで手伝っていたとき、夜の繁華街の映像を取ろうとしていたカメラマンが、「人が少ない、町が暗い、これでは繁華街のムードが出ない」と困っていたのを思い出した。私は、「ベルリンは首都ですから、これ以上明るい町はおそらくドイツにはないでしょう」と言い、カメラマンをさらに絶望させたものだ。

 ドイツはアウトーバーンの国だが、夜のアウトーバーンは真っ暗だ。ほとんどのすべての場所に照明がない。だから、前方に誰もいなければ、自分のライトだけが頼り。後続の車がいないときはバックミラーは漆黒の闇で、これは結構怖い。

 ドイツでエレベーターが4台並んでいると、すべてが上にいたり、すべてが下にいたりすることが多い。日本のように、乗客がいなくても移動し、上や下に固まらないエレベーターにはあまりお目にかからず、よく腹を立てていたが、そういうインテリジェントな機能を付けると、電気代がたくさん掛かると最近聞いた。ドイツ人は、便利さより節電を選んだのかもしれない。

夜中のドイツでは、信号は点滅式か、切れる

 節電とは関係ないかもしれないが、ドイツ人は家の中の照明も暗いのが好きだ。居間の照明は、スーッと暗くできるスイッチを使っている家が多く、夜、特に食後は、極端に暗くする。そういえば、一度お客に呼ばれ、食後のデザートでつまんだ葡萄の一つがカビ臭かったことがあった。あまりに部屋が暗かったので、私は傷んだ葡萄を識別することができなかったのだ。蛍光灯は病院のようだといって、特に嫌う。

 また、家での食事のとき、たとえ電気を点けていてもテーブルにキャンドルを灯す家庭は多い。彼らの頭の中で、あの合理性とこのロマンティシズムがいかに共棲しているのか、そのカラクリが私には未だに理解できない。私もたまに、きれいなキャンドルを見ると買うことがあるが、日本人だからか、点けるのを必ず忘れる。うちではキャンドルは無用の長物だ。

 ドイツのエスカレーターは、たいてい、人が近づくと動き出すようになっている。東京では、人通りの少ない場所でも、四六時中エスカレーターが黙々と動いている。地方都市なら、無駄に動き続けているエスカレーターの数はもっと多いのかもしれない。

 さらに、無駄だと思うものの一つに、日本の深夜の信号がある。あの電気代は、全国で換算してみれば相当なものになるのではないか。おかげで、郊外の住宅街などでは、まるで車が来ない交差点で延々と赤信号待ちをする羽目になるのだから、あれははっきり言って、節電という意味を離れても、時間の無駄だと思う。ドイツでは、多くの信号は、夜は点滅式になるか、あるいは、切られる。どのドライバーも、交差点ぐらい自己責任で通過できる。

 他にもいろいろあるのだろうが、日本人は資源を多く持たないにもかかわらず、これまで節電ということをあまり考えてこなかったような気がする。いや、産業界は、真剣に節電をして、合理化と経費節減に日夜励んできたのだろうが、消費者サイドに節電の意識は少なかった。それには、サービス精神を重んじる日本の風習も影響していたに違いない。

「お客様にご迷惑をかけてはいけない」という考え方が、暗い店舗や、お客が来ればやっと動き出すエスカレーターや、上に固まるエレベーターと相容れなかったのだ。そして、消費者側も、それを当たり前だと思っていた。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら