復興論議で忘れがちな「いま」の状況
[農漁業]まず地元の主体的な取り組みの支援を

震災の痛手を乗り越えて漁を再開する漁業者。次々と引き上げられる天然ワカメ=岩手県宮古市で5月21日

 東日本大震災の復興論議が本格化してきた。政府の復興構想会議(議長・五百旗頭真防衛大学校長)が6月末に出す第1次提言では、被災地の基幹産業である農漁業の再建が大きなポイントの一つだ。さまざまなビジョンが飛び交う中、被災した農家や漁業者の厳しい「いま」が置き去りにされた感もある。被災者に真の希望をもたらす復興策を打ち出せるかどうかが問われている。

「元に戻す」という意味の「復旧」に対し「復興」は「再び興す」、すなわち、場合によっては違う形での繁栄を取り戻すことを意味する。95年1月に発生した阪神大震災でも「震災前の状態に回復するだけではなく21世紀の成熟社会を拓く『創造的復興』」がうたわれた。

 東日本大震災に当てはめれば、5月2日に成立した総額4兆153億円の11年度1次補正予算は当面の復旧策だ。主な内容は生活や経済活動を妨げる大量のがれきの処理や仮設住宅の建設、壊れた港や道路などの補修に充てる費用。農漁業でも農地や漁場、漁港を覆うがれきを撤去することが当面の最優先課題だ。

 例えば、壊滅的な被害のあった宮城県や岩手県の漁港にも、ごく一部ながら使える漁船は残っている。がれきを取り除いて船の航行や接岸、陸揚げを可能にすれば、漁業者や水産加工業者は日銭を稼げる。直ちに操業するのは無理でも、休業を強いられている漁業者らをがれきの撤去作業に雇えば、当座の雇用対策になる。

 一方、本格的な復興へ向けた第2次補正予算の姿は5月末現在、まだ輪郭も定かでない。復興構想会議の1次提言が2次補正の前提になるが、その議論も混迷ぶりが目立つ。「東北を日本の食料生産基地に」「津波に強い地域作り」などのかけ声が飛び交う中、「バラ色の将来ビジョンより『いま』を考えてほしい」(漁業団体幹部)といういら立ちの声が上がるのももっともだ。

 被災者の現実から遊離した議論の代表格は構想会議でも浮上した「復興特区」だろう。被災地の土地利用規制を緩和したり、税制上の優遇措置を設けて企業を呼び込む構想だ。企業の農業参入を促して効率的な農業経営を実現するといったイメージだが、農地が工場や商業施設の用地に転用される可能性もある。その土地で再起を図る農業者はむしろ邪魔者扱いされかねない。

 復興構想会議のメンバーである村井嘉浩宮城県知事は、養殖の漁業権を民間企業に開放する「水産業復興特区」や農地や漁港の一時国有化論も唱えている。これに対し、足元の宮城県漁協(宮城は1県1漁協)は猛反発し、農林水産省も「時期尚早」と慎重だ。

 確かに、農地や漁港の荒れ果てた姿を見れば、そこで農漁業を営んでいた人々が元通りの経営を再開するのは無理のように思えてくる。しかし、実際には相当数の農家や漁業者がその土地、その海で生き続けようとしている。宮城県漁協が約1万人の組合員を対象にアンケートしたところ、7割以上の人が「漁業を続けたい」、あるいは「検討中」と回答したという。

 喫緊の課題は漁船や養殖設備、農業なら農地を使える状態に戻すための再投資だ。過去の借金も背負った被災者には、経営再建のための資金調達が最大の重荷になる。個人での再起は困難なため、例えば漁協を核として漁業者をグループ化し、船や養殖設備は漁協が買い取ってリースするといった方法もある。

 企業参入を呼び込む前に、こうした地元の主体的な取り組みを後押しすることが先決だろう。具体的には補助金や融資制度の整備が必要だが、金融機関が持つ農漁業者向け債権を公的資金で買い取るといった手法も考えられるだろう。

学ぶべき奥尻町「復興基金」

 18年前の93年7月に発生した北海道南西沖地震で約200人の犠牲者(行方不明者を含む)を出した奥尻島の場合、地元の奥尻町は義援金などを原資に町単独で131億円の「災害復興基金」を創設し、国や道の補助金が適用されない部分に充てた。その使い道は町が住民との対話集会を重ね、その意向を詳しく聞き取って練り上げたという。道も「国の予算編成を待っていては間に合わない」と単独で予算を組み、町の取り組みを支えた。

 地元の漁協は経営再開の意思を持つ組合員がどれだけいるか詳細な意向調査を実施し、町はその結果を基に適正規模の漁業設備復旧を図った。船を失った組合員には漁協が漁船を5年間リースし、リース期間終了後は減価償却後の残存価格(取得時の1割)で組合員に売却したという。

 奥尻町の事例に学ぶべきことは多い。一番大切なのは、個別具体的な課題について住民と自治体、農漁協が対話を重ね、実情に即した復興策を構築することだ。トップダウン型の復興構想を掲げる前に、地域の具体的なニーズを踏まえてやるべきことはたくさんある。言い換えれば、復旧と復興の間に断絶があってはならない。

 ある農政関係者は、岩手県と宮城県の手法の違いを指摘する。両県とも有識者会議を設置して復興策を議論しているが、岩手県の「東日本大震災津波復興委員会」が県内の識者で構成され、専門委員会も含めれば月に数回は開かれているのに対し、宮城県の「震災復興会議」はすべて中央の識者で占められ、開催頻度もはるかに少ない(5月19日時点でまだ1回のみ)。宮城の村井知事が国有化や企業参入などの性急なアイデアを次々と言い出す背景は、その辺にあるのかもしれない。

「震災は零細な農漁業を再編し効率化する好機。これをテコに環太平洋パートナーシップ協定(TPP)にも参加すべし」といった「ピンチはチャンス」式の議論は経済界などからも出ている。しかし、震災や原発事故に揺さぶられたのは「ふるさと」を犠牲にして効率や経済成長を追い求めてきた日本社会の在り方でもあったのではないだろうか。

 その土地に生きる人々へのまなざしを欠いた復興策は、被災地をより深く傷つける結果を招きかねない。「復旧は終わった、さあ復興だ」と一足飛びに進む前に、政府は地域の現実を踏まえた着実な施策を積み重ねるべきであろう。

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