原発推進のエネ庁の機関という〝矛盾〟
[保安院]放射能事故で分離・独立が不可避に

福島第1原発の事故以来、連日記者会見で状況を説明していた原子力安全・保安院の西山英彦審議官(右)=3月16日

 東日本大震災による巨大津波に東京電力福島第1原子力発電所が襲われるまで、原発を巡っては規制緩和をどう進めるのかに焦点が当たっていた。海外へ日本の原発プラントの輸出を促進するには、日本の規制の仕組みを見直すことが必要ということからだったが、実はその中には、原子力安全・保安院のあり方も含まれていた。

 原子力安全・保安院は経済産業省の一機関だ。その一方で同省には、エネルギー政策を実行する機関として資源エネルギー庁も設置されている。

 震災後に菅直人首相が「白紙」としたものの、昨年6月に閣議決定されたエネルギー基本計画では、2030年までに総電力に占める原発の割合を現在の30%から50%へと引き上げることを掲げている。14基以上の原発の新設が必要となる。

 これを推進するのがエネ庁だが、その一方で、既設分も含めてその安全性をチェックし、原発事故を未然に防ぐ役割を負っているのが保安院である。

ブレーキとアクセル同居

 その保安院の法令上の位置づけはというと、エネ庁の特別の機関ということになっている。アクセルを踏むのとブレーキをかける部門が、経産省の外局であるエネ庁に同居するという構図だ。

 業法と呼ばれる同業種を束ねる法律を所管し、その業界の振興と監督の双方を担うというのは日本の行政では当たり前のこととされてきた。しかし、公害や薬害といった問題を経てあり方が問われた。バブル崩壊後は金融行政の見直しが行われ、消費者庁の設置というところにまでつながっている。

 実際に、育成と監督の機能が分離されているのかというと疑問も残る。しかし、方向としては、そちらに向いているのは間違いない。

 そうした状況下にありながら、01年の省庁再編の際に新設された保安院は、エネ庁の特別の機関という位置づけとなった。

 その2年ほど前に起こった核燃料加工会社のジェー・シー・オーでの臨界事故をきっかけに発足したことになっている保安院だが、実際には、省庁再編にからんだ省庁間の利害調整の結果が、今の姿につながったと言っていいだろう。

 日本の原発は、他の先進国のように軍事技術の転用ではなく、純粋に民生目的で進められた。そして、その守備範囲については、研究開発を所管するのが旧科学技術庁で、科技庁の中には原子力安全局というセクションも設けられていた。

 一方、旧通産省には、エネルギー供給の安定を使命とするエネ庁が設置され、電気やガスなどの業界を所管する一方で、環境立地局が高圧ガスやプロパンガス、火薬などの保安に関する事項を担当していた。

 それが省庁再編によって、文部科学省や経済産業省に改まる過程で、所管する事務が見直された。原子力安全・保安院がエネ庁の特別の機関として誕生し、原子力に関する燃料の製造から貯蔵、再処理、廃棄に至るまでと、原子力発電所自体の規制といったエネルギーとして利用する原子力の安全管理全般を担うことになった。

 原子力以外では火薬や高圧ガス、鉱山の保安に関する事務も含まれている。

 一方、旧科技庁を吸収する形で誕生した文科省の原子力部門は、エネルギーとして実際に利用する以外の分野が所管となった。大学でも原子力に関する研究開発が行われており、こうした分野は文科省の縄張りで、その代表例が高速増殖炉の「もんじゅ」だ。
原子力の利用には放射性廃棄物が生じ、今回のような福島第1原発のような事故ともなれば放射線による汚染が問題となる。

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