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元検事■市川寛が明かす
新人検事は「自白調書」の捏造を教えられる

'96年大阪地検在籍当時の市川寛氏

 大阪地検特捜部の証拠捏造事件によって、日本の検察の信用は地に墜ちた。実際に自白強要で厳重注意を受け、検察を辞した市川寛弁護士が、驚くべき検察の新人教育の内情を教えてくれた。

ヤクザと外国人に人権はない

 検事になって3年目の'95年、当時の上司が、私の取った自白調書は生ぬるいと言って、こうやるんだと伝授してくれました。こんなやり方です。

 被疑者が取調室に入ってきて、検事の目の前に座る。その被疑者に向かい、検事が「私は〇年△月×日□時ごろ、××においてAさんを殴ったり蹴ったりしてケガを負わせました」と供述の文言を勝手にしゃべる。

 事務官がそれを調書に取る。被疑者はこの時点で何も言っていません。そして出来上がった調書を被疑者の前に置いて、「署名しろ」と言う。それで署名したら自白調書のできあがり、しなかったら「これはお前の調書じゃない。俺の調書だ!」と迫れ、と---。

 こう語るのは市川寛弁護士(45歳)だ。'93年に新任検事として横浜地検に配属され、以後、徳島・大阪・横浜・佐賀・横浜の各地検に在籍。佐賀時代に担当した事件の取り調べ中、「ぶっ殺すぞ!」と被疑者を脅したことを自ら証言し、厳重注意処分を受けて'05年に辞職した。市川氏のような取り調べ手法は当時、レアケースだと見られていたが、その後検察では自白の強要や見込み捜査が常態だったことが明らかになってきた。昨年発覚した大阪地検特捜部の証拠捏造事件では4月27日、前田恒彦・元検事の実刑が確定している。

 そんな検察の教育の実状について市川氏が明かす。

 今はすべての新任検事は東京地検に配属されますが、私の頃は、主な大規模地検に分散して配属されました。1年目は先輩検事の執務室に入って仕事をし、基本的に新人教育は「決裁」の場で行われます。検事は1年目から取り調べも行いますが、起訴・不起訴の判断や求刑はすべて、上司による決裁を経なければなりません。その決裁での議論を通じて、上司から検事のイロハを叩きこまれるのです。

 ただそのイロハは、司法試験合格を目指していたころに抱いていた検事像とは全く異なったものでした。例えば1年目に、私は大先輩の検事から、「ヤクザと外国人に人権はないと思え」と教えられました。「外国人は日本語が分からない。だから、日本語であればどんなに罵倒してもいい」と言われたのです。

 当時の上司は筋金入りの特捜検事だった方ですが、指導内容は凄まじいものでした。「市川君、生意気な被疑者は机の下から向こうずねを蹴るんだ。(あえて)特別公務員暴行陵虐罪をやるんだよ。それが特捜のやり方だ」とも言われました。

 一時報道された、被疑者を壁に向かってひたすら立たせておくという手法も教えられました。ある先輩は、外国人の調べの際、千枚通しを被疑者に突き付けて罵倒したとも言っていました。「こうやって自白させるんだ」と。

 これは最初の配属先に限った話ではありません。私は'93年の横浜を振り出しに、'94年には徳島、'96年には大阪と、地検を転々としました。この駆け出しの頃に、徹底して叩きこまれたのが調書のつくり方なのです。

 調書というと、皆さんは被疑者の供述をそのまま文書化したものと思われるでしょうが、必ずしもそうではないということは、冒頭に挙げた私の体験談でご理解いただけると思います。

 若手の検事は、どんな体裁の調書を作成しなければいけないのかを、徹底して叩きこまれる。贈収賄事件ならこういう調書、共謀の場合はこう、未必の故意ならこうといった具合に叩きこまれる。脅したり、壁に向かって立たせたりというのは、そうした調書を作りあげるためのテクニックです。

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