メディア・マスコミ
「推定年俸100万ドル」アメリカ新聞業界最高の報酬をもらうITコラムニスト
日本の新聞記者と徹底比較してみた
2010年1月27日、サンフランシスコ。iPad発表の席で、アップルのスティーブ・ジョブズ(中央)と意見交換するウォルト・モスバーグ (向かって左) Getty Images News

 マスコミ業界人に「アメリカで最も稼いでいる現役新聞記者はだれか?」と聞けば、おそらく「ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニスト、トーマス・フリードマン」という答えが返ってくるだろう。

 フリードマンは『レクサスとオリーブの木』や『フラット化する世界』などを書いた世界的ベストセラー作家だ。有力紙コラムニストとしての給与・ボーナスに加え、多額の印税や講演料をもらっている。日本にもファンが多い。

 もっとも、新聞社勤めのサラリーマンとして受け取る報酬に限ると、フリードマンは2番手になるらしい。著名メディア批評家ケン・オーレッタの取材によると、首位はウォールストリート・ジャーナル(WSJ)紙のコラムニスト、ウォルト・モスバーグだ。推定年俸は100万ドル(約9200万円)に迫る。

 モスバーグも多額の講演料を手にできる立場にある。「アメリカで最も有名なIT(情報技術)コラムニスト」であるだけに、IT企業からは講演依頼が殺到しているはずだ。にもかかわらず、講演料があろうがなかろうが、自分の取材対象になるIT企業からの講演依頼はすべて断っている。

 なぜなのか。ジャーナリストとしての倫理を守るためだ。

「講演料をもらえば消費者の信頼を失い、結果としてコラムの影響力は落ちる」「だからといって金銭面で見劣りしたままにしておくと、モスバーグは他社に引き抜かれかねない」「ならば給与・ボーナス面で報いよう」---。こんな三段論法でモスバーグの報酬は業界最高峰になったようだ。

 事実、1997年にモスバーグは有力誌タイムに引き抜かれそうになったことがある。当時のタイム編集長は、WSJの前編集局長でモスバーグの上司だったノーマン・パールスタイン。モスバーグの看板コラム「パーソナルテクノロジー」にゴーサインを出した人物だ。

 オーレッタによれば、パールスタインは「年俸を2倍にする」と提示した。モスバーグにとっては魅力的な話だった。出版社タイムには一般誌「タイム」のほかビジネス誌「フォーチュン」やマネー誌「マネー」もあり、活躍の場はいくらでもあった。加えて、長男が大学に通う年ごろで、これから教育費がかさむという事情もあった。

 だが、WSJは引き下がらなかった。パールスタインの後任として編集局長に就任していたポール・スタイガーは、親会社のトップの了解も取り付けたうえで、「ならばこちらも年俸を2倍にする」と応じた。読者調査でモスバーグは非常に高い評価を得ており、すでに看板コラムニストだったからだ。

 結局、タイムによるモスバーグの引き抜きは失敗に終わった。この時点でモスバーグの年俸は50万ドルに達し、WSJでは編集局長のスタイガーも上回る稼ぎ頭になった。ちなみにスタイガーは現在、ピュリツァー賞を初受賞したネットメディア「プロパブリカ」の初代編集長になっている。

日本の新聞コラムニストは「1本100万円」

 これがきっかけになり、モスバーグの名声は一段と高まり、それに合わせて年収もアップしていったようだ。「影響力の大きいスター記者にはきちんと報いる」という成功報酬型の賃金体系があるアメリカの新聞社ならではの展開である。

 日本と違い、アメリカでは署名記事が原則になっている点も見逃せない。だれがどんな記事を書いているのかすぐに分かるため、実績を出せばスター記者になれる。

 100万ドル近い年俸をもらっていると聞くと、日本のマスコミ業界人からはため息が漏れてきそうだ。だが、単純比較はできない。

 モスバーグは63歳のベテラン記者でありながら、精力的に働いている。「パーソナルテクノロジー」に加えて「モスバーグズ・メールボックス」というコラムも毎週執筆している。同時にデスクとして、同僚が毎週書く「モスバーグ・ソリューション」を編集している。

 記事検索システムで調べると、2009年に「パーソナルテクノロジー」で49本、「メールボックス」で45本の署名入り記事を書いた。これだけで94本だ。「ソリューション」の53本も加えると、142本になる。2008年以前もほぼ同様のペースだった。

 年収100万ドルで94本だと、1本当たりの価値はざっと1万1000ドル(約98万円)。デスクとして編集する記事も含めた142本で計算すると、1本当たり7000ドル(約65万円)になる。

 日本の大新聞で働くコラムニストはどうだろうか。日本経済新聞と朝日新聞には「本社コラムニスト」の肩書を与えられた一握りのベテランがいる。論説委員や編集委員よりも格上であり、文字通り看板コラムニストだ。年収は2000万円以上とみられている。年齢もモスバーグに近い。

 同様に記事検索システムを使い、2005年から2009年までの5年間で、日経新聞と朝日新聞で本社コラムニストの肩書を持つ記者がどれだけの署名記事を書いているか調べてみた。1人当たりの記事数は年平均で日経新聞16本、朝日新聞20本だった。

 補足しておくと、サンプル数は日経新聞3人、朝日新聞4人に限られている。また、本社コラムニストとして通年にわたって書き続けた年の記事数だけを集計した。つまり、年の途中で本社コラムニストから外れた年などの記事数は集計対象に入れていない。

 仮に年収2000万円で年20本とすれば、1本当たりの価値は100万円だ。署名記事数にだけ注目した大ざっぱな比較だが、1本当たりの原稿料はモスバーグに匹敵する。デスク作業がない点を考慮すると、実質的にモスバーグを上回る。アメリカ新聞業界最高の報酬を得ている著名コラムニストよりも高いというわけだ。

 日本のコラムニストはモスバーグに匹敵する質の高い記事を書いているから、1本当たりの記事の価値が高いのか。それとも、再販制度など規制に守られた新聞業界全体が超過利益を享受してきたから、ベテラン記者の報酬が原稿1本当たりで見て世界最高水準へ底上げされているのか。おそらく後者だろう。

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