ツイッターは一過性の「流行」なのか?

ツイッターが拓く新たなコミュニケーション

 いつの間にか、「ツイッター」という言葉が世の中に浸透してしまいました。昨年の夏ごろには「企業がツイッターを始めた」という“ニュース”もありましたが、もはや今ではニュースとしての価値はほぼ無くなっています。

 ツイッターは一過性のものなのでしょうか?数多のインターネットサービスと同様、すぐに廃れる「流行」に過ぎないのでしょうか?

 この問いに対する私の結論は「ツイッターというサービス自体は数年後には無いかも知れないが、ツイッターが拓いた新しいコミュニケーションのあり方は今後も変わらない」というものです。

 ツイッターの台頭を読み解く一つの鍵は、ツイッターが「情報の可視化を進め、マッチングを生み出している」という事実です。

「情報の可視化」と「マッチング」

 ツイッター登場以前は、ブログやホームページで「気軽なつぶやき」を公開することはほとんどありませんでした。「新宿のスターバックスで時間潰してる」「今カレーを食べている」なんてことは“わざわざ”ブログに書かなかったわけです。書いたところで、閲覧者とのコミュニケーションが生まれることはごく稀なことです。

 ツイッターは「気軽なつぶやき」の名のもとに、そうした些細で一見くだらないと思えるような情報を可視化しました。そして可視化された「つぶやき」が実は高い価値を持つことに、ユーザーは気付き始めました。

 例えば、私が「今新宿のスターバックスで時間潰してる」ということをつぶやけば“たまたま新宿で暇を持て余していた親しい友人”は「ちょっとお茶しない?」と声を掛けることができます。些細な情報ながら、私と私の友人にとっては高い価値がある「つぶやき」になるのです。

 他にも、遠方に暮らす友人がつぶやく「来週仕事で東京に出張に行く」という情報は、東京に住む私にとって価値のあるものです。「一緒に飲もう!」となるわけです。
「今日の夕飯はラーメンだ」という情報ですら、離れて暮らす私の家族にとっては価値があるものかも知れません。「ラーメンばっかりじゃあれだから、野菜送るわね」と。

 このように、「情報が可視化」されれば、「マッチング」が生み出されます。これがツイッターを読み解く鍵だと私は考えています。

 日本で発生している「つぶやき」の数は、現在一日あたり780万件を超えています。1秒間に換算すると、約90件。あなたがこれを読んでいる間にも、大小さまざまなマッチングが生まれ、それはツイッターの成長を促進する力となっています。