田中秀征
「かつての同志、菅直人君に告ぐ」

菅首相の「素顔」を知り尽くしているからこそ辛口エールを送る

「私にとってインパクトのある政治家、尊敬に値する人物」---菅直人新総理にこう評価されているのが元経済企画庁長官の田中秀征氏である。

 二人の出会いは1974年。初めて会った日、若き菅氏は田中氏が発表した著書『自民党解体論』に触発されて、「ならば自分は社会党解体論を書く」と意欲を示し、田中氏は菅氏に政界出馬を勧めたという。

 その後、二人は新党さきがけの同志として細川内閣、村山内閣を支え、橋本内閣では厚生大臣、経企庁長官としてそろって入閣した。

 菅総理の素顔を知り尽くし、総理にとって仙谷由人官房長官以上に煙たい存在でもある田中氏は、新政権の滑り出しをどう見たか。

◆鳩山前総理の突然の退陣を受けて誕生した菅内閣。会期を延長せず、予算委員会での質疑も行わずにさっさと国会を閉じ、選挙戦になだれ込んだ姿勢には、疑問の声が上がっている。

 国会開会中に総理大臣が交代したのに、予算委員会も開かないのは許しがたい暴挙です。とりわけ今回の場合、鳩山前総理が突然退陣し、辞任会見すら拒否したという特殊事情がある。

 しかも、参議院選挙目前というきわめて微妙な時期です。新しく総理になった菅さんは、所信表明演説で基本的な理念や考えを述べるだけでなく、衆議院、参議院の予算委員会でのやりとりを通して個別具体的なテーマに対して何を考えているか、国民の前で明らかにする責任があった。それをやっていれば新内閣への信頼はさらに高まったはずです。

 長年、彼を見てきた私でも、彼がどんな世の中を作りたいのか、何をしたいのかよくわからない。所信表明演説、代表質問、予算委員会の3つがセットで、国民は新総理の考え方を知ることができるんです。

 菅さんは三権分立の原則を盾に、「会期については国会でお決めになること」と他人事のような答弁をしていましたが、民主党代表である彼が指示をすれば、会期延長はできた。報道によれば菅さんも「選挙が最優先だ」と語ったそうですから、菅さん自身が会期延長を阻止したのでしょう。

 これでは、ボロが出る前に、支持率の高いうちに選挙を戦いたいので論戦から逃げたという批判も、あながち的外れではないかもしれません。

◆各党代表質問への答弁も、非常におざなりでした。

 特にみんなの党・渡辺喜美代表に対する答弁は酷かった。下を向いたまま早口で、念仏のようにぼそぼそと答弁書を棒読みしていましたね。野党の代表質問は国民からの質問でもあるという認識が欠如している。不誠実きわまりない態度で、国民を小ばかにしていると批判されても仕方ないと思いますよ。

 総理大臣という立場は、国務大臣とはまるで違います。24時間、360度すべての角度から見られ、評価される。寝言ですら失言は許されない。いくら取り繕っても、「人としての地金」は必ず見破られる。今までとは違う立場になったということを、彼は未だ知らないでいると思います。

◆鳩山内閣の副総理としての責任についても、口をぬぐっているように見える。

 あらためて振り返ると、総理の座を射止めるまでの菅さんの行動は、計算され尽くしたものに見えます。芸術的なまでの成功を収めたと言っていい。

 昨年の政権交代で国民は民主党政権に期待を膨らませましたが、一方で、鳩山連立政権には、初めから危惧がつきまとっていた。

 普天間基地の県外移設問題はもとより、高速道路の無料化など選挙で掲げたマニフェストを本当に実現できるかどうか、現実的な問題が山積していたのです。菅さんが総理をやっても、鳩山さんと同じようなことになったでしょう。それを彼は知っていたはずです。

 菅さんは副総理の立場にいながら懸案から適度に距離を取り、火の粉が降りかからないように振る舞い続けた。結果的に鳩山辞任劇のドタバタのなか、鳩山前総理が失敗の責任をすべて背負って退場していく格好になり、そこに目を奪われて菅副総理の責任問題はどこかに消えてしまったわけです。総理にならんがための政略的行動だと思われても仕方ないでしょう。

 もっとも、菅直人という男は、どういう経緯で地位に就いたにしろ必ず業績を上げる政治家です。厳しい視線が注がれているということを十分に意識して、仕事に徹してほしいと思いますね。そうでなければ、単なる野心家で終わります。

増税の前にやるべきことがある

◆「脱官僚依存」への言及が所信表明演説にはほとんどなかった。官僚とのバトルは諦めたのか?

 菅さんは厚生大臣として薬害エイズ問題を解決に導いて脚光を浴びましたが、あくまでも厚生省という一つの役所の中での活躍でした。魑魅魍魎が蠢く官邸内での官僚とのバトルは経験していない。

 ひとつの役所の中の話と政権全体つまり総理の意思決定とではまったく次元が違ってきます。官邸内での駆け引きは、はるかに生々しく、ドロドロしたものなのです。

 鳩山政権発足後、菅さんは国家戦略担当大臣として官邸に乗り込み、その凄まじさを垣間見た。どうやって官邸を動かせばいいのか戸惑ったに違いない。

政権発足直後は「逃げ」の菅に徹した。「選挙第一」でいいのか

 しかし、だからといって、官僚に取り込まれてしまったとは思えない。官僚主導を変えるというのが、政治家・菅直人の一貫した主張ですから、「脱官僚」の看板を捨てれば、今までの政治生活のすべてが否定されかねません。

 ですから今の菅さんが官僚と協調しているように見えるのは、猫をかぶってチャンスをうかがっているのだと信じています。ミイラ取りがミイラになる危険もありますが・・・。

◆しかし、菅総理は今、財務官僚の思惑に乗せられて、増税路線を突っ走っているように見える。

 所信表明演説で菅さんは「無駄遣いの根絶を徹底します」と語りましたが、その言葉に彼本来の力強さを感じなかった。

 財務大臣に就任した際、「増税論議を始めるのは、逆立ちしても鼻血も出ないくらい行政をスリムにしてからだ」と徹底した行政改革の必要性を説いていました。それが、いつの間にか消費税引き上げに重点が移っている。これは残念です。

 国民は増税の必要性を理解しています。しかし、税を上げる前にやるべきことがある。

まずは公益法人や独立行政法人の原則廃止、公務員の天下り全面禁止、そして公務員と国会議員の削減です。政治と行政が自ら身を削って初めて、国民の協力を得られる。徹底した行政改革こそが、実は増税のための近道なんです。

 ◆菅直人とはどのような政治家か。どんな点を評価しているか?

 長所は「仕事師」であること。与えられた役割の中で、きちんと実績をあげる。実務能力に長けているという点でも、与野党を通じて希有な人材だと昔から思っていました。

 労働組合とは一線を画して独立独歩で政界を生き抜いてきたことも評価できます。だからこそ、民主党最大の支援団体である自治労にも、言うべきことが言える。こうした点は見上げたものです。

 ただ、最近の菅さんには「仕事師」の顔が見えない。地位を求めて政略的に動くもう一つの面が強く出すぎている印象を受ける。そこに大きな不安があります。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら