『ドクターZは知っている』特別版
菅総理、その経済知識、
生煮えですが

それができるのは神様だけ

Q1 菅直人新総理は所信表明演説で、財政再建と経済成長、社会保障の充実に三位一体で取り組む「第三の道」を歩むとの決意を示しました。「第三の道」とは何ですか?

A 菅総理は演説で「バブル崩壊から約20年の閉塞状況を打ち破り、立て直すための設計図が『第三の道』だ」とも語っている。

 第三の道とは経済成長を巡る考え方のひとつ。もともとはイギリス労働党のブレア元首相が、保守党のサッチャー流新自由主義的路線に対抗するために、行きすぎた福祉国家・産業国営化路線を捨てて、福祉国家と市場原理を融合させた経済成長の概念として提唱した。

 理論的支柱は、社会学者のアンソニー・ギデンズで、「旧来型の社会主義でもなく、新自由主義でもない道」と説明している。

 菅総理はその名前を借用し、自民党政権を小泉内閣以前と以降に分けて、前者の公共投資依存型政策=第一の道は財政赤字の元凶であると否定。小泉以降の規制緩和路線=第二の道は、リストラによる雇用不安や格差の拡大を生み、デフレを深刻化させるとして斬り捨てた。

 その上で、無駄の排除や増税などで確保した資金を、雇用創出が期待できる成長分野に投入する需要創出型の成長を唱え、「第三の道」と言っている。

 さて、菅総理のお得意のフレーズは「行き過ぎた市場原理主義の小泉改革」だ。これには、本家のギデンズがびっくり仰天しているのではないか。なぜか。

 そもそもギデンズによれば(『日本の新たな「第三の道」』)、「日本はイギリスのような自由な市場改革を経験したことがない」。また、最近10年間で日本の規制緩和は確かに進んだが、日本だけが緩和したわけではない。

 OECD(経済協力開発機構)の調査では、G7各国は規制の少ない順に、米・英・加・日・独・伊・仏となっており(2008年)、10年前と比べても、日本はドイツと順位が入れ替わっただけ(それも、規制の多い東独併合により、ドイツの順位が下がったに過ぎない)。つまり、この10年間、日本の規制水準はG7の平均レベルから変わっていないのである。

 本家の「第三の道」は、行き過ぎた市場原理主義の修正だが、日本では世界の平均的な動きに、なんとかついていっている程度なのだ。この程度のものを「修正」したら、日本は規制緩和で鎖国をするようなものだ。菅総理が本当に「第三の道」を進めたら、日本は世界から取り残されるに違いない。

Q2 菅総理は、「増税しても、使い道を間違わなければ景気が良くなる」と言っています。本当でしょうか?

A 結論から言うと、にわかには信じがたいかもしれないが、経済理論としてはあり得る話だ。しかし、あくまで理論の話であり、現実経済ではあり得ない。こうした理論を学者が語るのは自由だが、言葉に責任を持つべき政治家が口にする話ではない。

 何しろ、経済政策の結果は国民生活に重大な影響を及ぼすのだ。「最低でも県外」と語って沖縄県民の期待を煽った挙げ句に裏切った「普天間」の二の舞になりかねない。

 一応、「増税しても景気は良くなる」という理屈を説明しておこう。この説明には「乗数効果」を使う。菅総理が財務相当時の今年1月、参院予算委員会で「乗数効果とは何か」と質問され、答えられずに立ち往生した、あの「乗数効果」だ。

 乗数効果とは、マクロ経済学の用語で、公共投資などの政府支出を1とした場合、その実施額の何倍の波及効果があるかを示す数字である。乗数が1を上回れば、投資効果があったということになる。また、減税にも乗数効果があり、増税にはマイナスの乗数効果がある。

 さて、増税による収入で政策を実施する場合、増税額でマイナス、実施額でプラスの乗数が計算できるから、両者を合算すれば、増税して政策を実施した際の効果がわかる。

 ここでは数式を示すのは控えるが、計算結果は乗数効果=1となり、増税額分の効果があるという結果になるのだ。

 ただし、先にも指摘したように、これはあくまで教科書の上での理論である。このうまい話には重要な前提条件がある。それは、政府が国民より賢く、愚かな国民から巻き上げたカネを一銭の無駄もなく使うという条件だ。

 たしかに、政府の官僚はずる賢い。国民からかすめ取った血税を、巧妙に誤魔化して自分たちの天下り先に注ぎ込んでいる。埋蔵金も貯め込んでいる。

 しかし、こうした使い方は、乗数効果を下げる無駄遣いでしかない。増税しても景気が良くなるという理論は、官僚たちにとっても都合のいい話だが、現実には政府がカネを賢く使ったためしはないのだ。

 結論。増税しても景気は良くなるという菅総理の主張を実現できるとすれば、それは神様だけである。菅首相も、3月の予算委員会答弁によればポール・サミュエルソンの『経済学』を買って読んだ―答弁では「10ページだけ」と言っていたが、それから3ヵ月以上経っているのだから、きっと読了しているに違いない―そうだから、怪しげな理論からは、そろそろ卒業してほしい。

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