牧野洋の「ジャーナリズムは死んだか」
2010年06月24日(木) 牧野 洋

WSJの看板コラムニストが公表する「977語の倫理規定」

競争力の源泉は「業界との癒着と断つ」

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2010年1月27日、サンフランシスコ。iPad発表の席で、アップルのスティーブ・ジョブズ(中央)と意見交換するウォルト・モスバーグ (向かって左) Getty Images News

 ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)紙のIT(情報技術)コラムニスト、ウォルト・モスバーグは、アメリカ新聞業界最高の報酬を得ている。彼が書くコラム「パーソナルテクノロジー」の影響力の大きいからだ。

 では、その影響力を維持する力の源泉はどこにあるのか。一言で言えば、高い倫理基準である。

 高い倫理基準を設け、それを厳守しているからこそ、消費者本位の視点を守り、消費者の信頼を得られるのだ。「業界からの甘い誘惑に直面しても筆を曲げない」と信じてもらえなければ、競争力を失うのである。

 とはいえ、言うは易し、行うは難し、である。

 新製品の寄贈、高級レストランでの接待、スポーツや演奏会のチケット――業者からの誘惑には枚挙にいとまがない。有力批評家には無数の業者が群がり、あの手この手で「業者にとって良い批評」で書かせようとする。「どんな批評が出るかによって新製品の売れ行きが決まる」と思っているからだ。

 モスバーグは上司の命令を拒否して、「IT業界の世界首都」であるシリコンバレー駐在も拒んだ経緯がある。常に業界関係者に囲まれて生活していると、業界の論理にのみ込まれ、一般消費者の視点を保てなくなると思ったからだ。

 モスバーグにしてみれば、シリコンバレー駐在は「記者クラブ詰め」に相当したのだろう。日本特有の記者クラブは、物理的にも取材先の建物の中にある。記者クラブに常駐していると、朝から晩まで取材先の論理を聞かされ、知らぬうちに読者ではなく取材先の視点で物事を考えるようになるリスクがある。そうした危険をモズバーグは排除したのである。

 驚きなのは、モスバーグはシリコンバレー駐在拒否でも不十分と考えたことだ。「ここまで書くか」と思えるほど詳細な職業倫理声明を自主的に作成し、WSJが運営するウェブサイト上の目立つ位置で開示している。

 少し長くなるが、主なポイントだけ紹介しておこう。

金銭や贈答品を取材先やPR会社から受け取らない。
取材先やPR会社から講演料は受け取らない。
相手持ちの招待出張や格安商品の提供は受け付けない。
取材先に助言しないし、どんな形の諮問委員会にも入らない。
時に取材先からTシャツをもらうが、わたしが着ると妻は嫌がる。
取材対象企業の株式もハイテク株ファンドも保有しない。
自分の年金運用先にもハイテク株ファンドを含めない。
批評用に支給された新製品は必ずメーカーに返却する。
廉価なマウスやソフトは返却せずに捨てるか、寄付に回す場合もある。
発売前にメーカーから製品説明を受けても、批評を書くとは限らない。
製品説明を受けて批評を書く場合でも、好意的な批評を書くとは限らない。
批評のために使用した新製品を気に入ったら、通常価格で自分で買う。
批評を書くに際して自社の広告担当者と接触しない。
たとえ講演料なしでも取材先の依頼で講演しない。

 WSJの親会社ダウ・ジョーンズには全社員が順守しなければならない倫理規定がある。しかし、「高い倫理性こそ自分の価値の源泉」と考えるモスバーグにしてみれば、会社の倫理規定だけでは不満だった。

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