財政再建と経済成長の2正面作戦を菅首相は実現できるのか
法人税率見直しも細かい工夫が必要

 来月に迫った参議院議員選挙へ向けて、菅直人首相は先週、財政再建と成長の両立を目指す政策スタンスを鮮明にした。口頭とはいえ、あえて消費税率を10%程度に引き上げることを示唆、懸案の税制改革にも取り組む方針を打ち出した。

 財政再建と成長戦略の両立は重要な課題である。筆者は経済ジャーナリストとして、この困難なテーマに取り組む姿勢を明らかにして選挙戦に臨む首相の勇気は、おおいに評価したい。

 ただ、2つの課題をそれぞれ実現するためには、きちんと詰めた具体策がたくさん必要だ。どんな施策が必要かを検証してみよう。

 菅首相はまず17日、参院選向けのマニフェストを公表した際に、経済運営において「第3の道」という戦略を模索すると発言した。

 「第3の道」とは、例えば、田中角栄首相時代のような公共事業に大きく依存した「第1の道」や、小泉純一郎政権時代のような行き過ぎた市場主義に基づいた「第2の道」のいずれも採らずに、よりバランスの取れた政策運営を行うということだという。これによって、先の施政方針演説で述べた通り、「強い経済、強い財政、強い社会保障」を実現するという。

 「強い経済」では、2020年度まで、名目で3%、実質で2%の経済成長を達成することを公約にした。1%程度といわれる潜在成長率を、様々な政策で押し上げる。

 そして、その政策には、地球温暖化を予防するグリーン・イノベーション、医療・介護のライフ・イノベーション、観光産業の育成、EPA(経済協力協定)・FTA(自由貿易協定)の推進、法人税率の引き下げなど14項目の振興策を盛り込んだ。

 「強い財政」に関しては、(1)2011年度の国債発行額が2010年度を上回らないように抑制する、(2)2015年度までに基礎的財政収支の赤字をGDP比で2010年度の半分以下に減らす、(3)2020年度までに基礎的財政収支を黒字にする――と工程を示した。

 その実現のために、事業仕分けの活用、政治家・幹部職員を中心にした国家公務員の総人件費の2割削減などを行い、無駄遣いをなくすという。

 また、昨年の総選挙のマニフェストだった子供手当の全額支給を修正する可能性を盛り込んだ。残りの半額を、現物サービスで支給することも検討するとしたのである。支給対象の子供についても、2011年度からは国内居住者に限る方針とした。

 それ以外では、救急や小児科の医師不足を解消するために診療報酬の引き上げなどにも取り組むとした。小泉純一郎政権時代以来、劣化が続いてきたとされる医療制度を充実するというのだ。

 マニフェスト発表の席で、首相があえて口にして注目を集めたのが、「2010年度内に、消費税の改革案をとりまとめたい。当面の税率は自民党案の10%が参考だ」という言葉である。

 実施時期には言及しなかったが、首相が消費税の引き上げを念頭において具体的な税率に言及したのは、これが初めて。自民党を視野に入れて、「超党派協議」の開催を呼び掛け、早期に結論を得ることに意欲を示したこともあり、新聞・テレビが大きく取り上げた。

 そして、菅首相は、その翌日(18日)、2020年度までを対象にした「新成長戦略」を閣議決定した。

 それによると、「環境・エネルギー」「医療・介護・健康」「アジア戦略」「観光・地方活性化」という4つの分野で、それぞれ、50兆円、50兆円、12兆円、10兆円の需要を創出し、各々140万人、284万人、19万人、56万人の雇用を生み出すという。

 このほか、4つの分野を支えるインフラとの位置付けで、「科学・技術・情報通信」「雇用・人材戦略」「金融戦略」の3分野の本格的な強化にも取り組む姿勢を打ち出した。そのうえで、失業率を、できるだけ早期に3%台に低下させるとの目標を掲げている。

 経済協力開発機構(OECD)によると、2008年度の日本の「一般政府」部門(国、地方、社会保障基金)の債務残高は、対GDP比で170.9%と主要先進7カ国で突出している。ちなみに、ワースト2位はイタリアの117.1%で、残り5カ国には100%を上回る国は存在しない。

 これまで日本独特の「強み」と言われてきた国債の国内消化率の高さにしても、「(2010年度のように)国債を年間40兆円以上も大量発行するような有り様では、ごく近い将来に、限界が来ても不思議はない」(エコノミスト)と危惧する見方が次第に増えている。

 それだけに、いつまでも放置できないという首相の考えに賛同する人は多いのではないだろうか。

 ただ、ここで気掛かりなのは、財政再建にしろ、成長戦略にしろ、マニフェストや成長戦略の内容がかなりアバウトな点である。自民党時代から日本の政治にはありがちな問題点だが、美辞麗句はよいとして、実際に政策として機能するものを作れるのか、あるいは、効果を期待できるのかが不明確なのである。

 例えば、財政再建に関連して言えば、当面の参考とされた消費税率の5%程度の引き上げは、その典型だ。国民にとって5%という引き上げ幅は、大変重い負担であり、消費を落ち込ませて、経済成長に大きなダメージを与える可能性がある。

 その一方で、この程度の引き上げ幅で、財政再建の特効薬になるのかというと、それほど大きな効果が期待できない面があるのだ。

 ちなみに、各種の試算によると、消費税は、「1%引き上げると、税収が2兆4000億円程度増える」(前述のエコノミスト)とされている。つまり、5%の引き上げたところで、税収は12兆円しか増えない計算なのだ。

 2010年度の一般歳出(92兆円規模)を例に、基礎的財政収支を消費税の引き上げだけでトントンに持っていくとすると、10%では足りず、さらに15%ほど引き上げて、消費税を25%弱にする必要があるのだ。

 もちろん、誰が考えても、こんな消費税の引き上げは、正気の沙汰と思えないはずだ。余談だが、長年の放漫財政のツケは、それほど重いのである。

 そこで、現実的な解決策を考えれば、92兆円規模の一般会計に限らず、特別会計も含めて、歳出をばっさりと削減することや、成長戦略によって経済を拡大して法人税や所得税、消費税の自然増を大きくする努力が欠かせない。デフレの克服も大切だ。

 ポイントになってくるのは、そうした歳出の削減や税の自然増をいくら見込むのか、そのうえで全体としてどう帳尻をあわせるかの設計図が欠かせないのである。

 ところが、今回の首相の発言は、ざっくりとした決意を示しただけである。初めての言及とはいえ、そういった戦略的な計画の姿が何も提示されていないのは実に残念だ。これでは、まだ、雲をつかむような話と言わざるをえない。

 税制改革についても、若干、補足しておくと、菅政権は唐突に感じられるほど、法人税の税率引き下げに強い意欲を見せ始めた。口の悪い人は、財界からの献金や集票を当て込んだ行為と批判しているほどである。

 しかし、ここに、大きな落とし穴が待っていることに触れておかなければならない。

 それは、過去数年、経営者たちが見せた経営マインドと関わりが深い問題である。

 終身雇用や労使協調を大切にした、高度成長期の伝統的な経営者たちと違い、昨今の経営者は、外需頼みで空洞化を辞さない経営を進めた人が多い。どちらかと言えば、利益や配当の確保を優先するケースが目立ったのが実情だ。

 他の先進諸国との競争上、やむを得ない側面があるとはいえ、こうした風潮が強い中では、法人税率を単純に引き下げるだけでは、たいした波及効果が期待できない可能性は大きい。

 そこで、具体策作りの際に、じっくりと詰めてほしいのが、投資や雇用の増加に繋がる減税手法である。

 法人税の引き下げにあたって、税率を一律に下げるようなことはやめて、投資や雇用拡大に対する控除を充実することによって、経済波及効果の大きい戦略を講じた企業の法人税の実効税率が下がるようなきめ細かい工夫が大切ではないだろうか。

 似たようなことは、歳出の削減でも重要になってくる。例えば、6月16日に会期が終了した通常国会に、鳩山前政権が提出していた国家公務員法の改正案などは、その意味で愚の骨頂だ。

 というのは、民主党政権の支持母体である公務員労働組合に配慮して、スト権など労働3権の付与が実現するまで、公務員給与を削らないことを基本に法案が設計されているからである。

 つまり、同法案は、肝心の国家公務員の給与削減を盛り込んでいないのだ。

 少なくとも2年から3年タームで、問題が先送りされるのは確実で、とても国民に消費税の引き上げを迫るような政治姿勢とは言えなかった。

 国民に重い負担を強いる以上、首相が先頭に立って身を切る姿勢を示さないと、国民の賛同を得るのは難しいと心得るべきだろう。

燻るJAL問題という波乱のタネ

 同じく通常国会で廃案となった地球温暖化対策基本法も、すっぱりと諦めたほうがよい法案のひとつである。というのは、同法案は、首相が掲げたもう一つの重要な政策の柱である成長戦略に大きな影を落とすからである。同法が温暖化ガスを2020年までに1990年比で25%削減することを国家目標として掲げていることが、その理由だ。

 25%もの温暖化ガスの排出削減には、エネルギーの大幅な使用削減が必要だ。強引な手法が避けられず、排出権の配給制(割当制)や環境税の導入、電気料金の大幅な引き上げなどが必要とみられている。

 菅政権は、この分野を「グリーン・イノベーション」と名付け、この分野で経済をけん引する画期的な技術開発が必ず実現するような幻想を振りまいている。が、現時点で確立されたイノベーションは決して多くない。

 仮に、技術開発が実現したとしても、米国、中国などの主要排出国が、排出削減に本格的に取り組まない限り、こうした高価なシステムを輸出して成長に繋げる体制が整わないという問題もある。

 はっきり言えば、この分野で日本だけが意欲的過ぎる目標を掲げて取り組むことは、まさに米有力紙が揶揄したように「ハラキリ」、つまり、自殺行為と言わざるを得ない。

 さらに、マニフェストには盛り込まれなかったが、経済面では、昨年秋の鳩山政権発足直後に、功を焦って、政府が再建問題を抱え込んでしまった日本航空(JAL)の再建問題も、大きな波乱のタネとなっている。

 ここへきて、当初(1月時点)の見込みの甘さが露呈して、JALやその管財人の企業再生支援機構が主力銀行に対して追加支援を要請し、主力銀行が猛反発する事態が起きているのだ。 

 両陣営の対立は深刻で、関係者の間では、東京地裁から8月末までに更生決定を受けるのは難しいとの見方が増えている。

 しかし、更生決定が見送られた場合、1万社前後という空前の連鎖倒産ラッシュが起きる事態も予想されるのだ。そうなれば、日本経済は、成長どころか、むしろ、危機に逆戻りしかねない。かと言って、これ以上、パッチワークを繰り返し、問題を先送りすることは、もちろん、許されない。

 財政再建も、成長も、ひとつ、ひとつ、実現性のある具体策を積み上げないと、絵に描いた餅に終わる可能性は小さくない。

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