「賢い」官僚が成長産業を決める「新成長戦略」は過去の遺物だ
これが成功すればノーベル賞もの!?

 6月17日、民主党のマニフェストが公表された。翌18日、菅政権は「新成長戦略」を閣議決定した。マニフェストの裏書きのようなものだ。

 このコラムで前回(菅直人「所信表明演説」から浮かび上がる「第三の道=増税指向」)と前々回(菅直人首相「第三の道」政策では経済成長も円安もムリ)、すでに増税議論のバカバカしさを書いたので、今回は「新成長戦略」を取り上げよう。

 この「新成長戦略」はマスコミに好評のようである。その理由は、各産業についての将来の数字を含めデータが豊富であることのようだ。なんのことはない記事にしやすいだけなのだ。

 しかし記事にするのは簡単だが、実際に成長をさせるのは実際には難しい。ノーベル経済学賞を受賞したクルーグマン教授(プリンストン大学)は、かつて筆者にこういったことがある。

「経済成長を確実にできる方法を発見すれば、ノーベル賞は確実だね。だって、世界中から貧困問題がなくなるじゃないか。経済学なんて学問もいらなくなってしまうよ」

 それでは、経済学はまったく無力かというと、そうでもない。成長に良さそうなことはだいたいわかっている。大雑把にコンセンサスができているところは、競争政策、規制緩和、貿易自由化、教育投資、技術開発、マクロ経済の安定などが成長に重要だということであろう。

 この観点から、新成長戦略を読み直してみると、「競争」という言葉はほとんど「競争力強化」として使われている。ここでいう競争力強化とは、成長と同じ意味で使われているに過ぎない。肝心の競争政策にはほとんど言及がない。

 規制緩和については、「第二の道」が「行き過ぎた市場原理主義」だったとして、規制緩和がやり玉に挙げられている。前回、コラムで指摘したように、最近10年間での日本で規制緩和は先進国の中で突出したモノではなく、平均的なレベルである。

 ブレア政権のブレーンとして、本家本元の「第三の道」を提唱したアンソニー・ギデンズは、その著書で、「日本はイギリスのようなレッセ・フェール(自由放任主義)的な市場改革も経験していない」と断じている。菅総理の「第三の道」には、さぞかしびっくりしていることだろう。

 新成長戦略では、規制緩和の記述は意外と多い。これなしでは、成長ができないというのはもう誰でも知っているからだ。また、貿易自由化、教育投資、技術開発もそこそこ書いてある。(マクロ経済の安定は最後の書く)

 だが新成長戦略の問題点は、個別の産業をターゲットにして産業政策を論じていることだ。この個別産業をターゲットにする産業政策は、多くの場合、上手くいかなった。かつて日本の産業政策が成功したというのは、神話にすぎないことは明らかになっているのだ。

 たとえば、竹内弘高教授(一橋大学)の研究によれば、日本の20の成功産業について、政府の果たした役割は皆無だった。また、三輪芳朗教授(東京大学)の一連の研究では、高度成長期でさえ産業政策は有効でなかったとされている。

 筆者は1986年から88年まで公正取引委員会事務局に勤務したことがある。その当時の通産省などの産業政策を競争政策の観点から見ていた。そのとき、産業政策を分析し公正取引委員会に説明した資料の一部を学術誌に公表するように上司からすすめられた。

 表題は「日本的産業政策はもはや過去の遺物だ」とつけた。相手の通産省などに気兼ねして穏やかな表現になっているが、その当時、すでに産業政策が機能しなくなっていることをデータ分析から示したものだ。

 いまも強烈に印象に残っているのは、通産省などの官僚とともにいくつかの業界の人からヒアリングを受けたり、実態調査をしたが、業界の人だと思っていたら、実は通産省などの天下りOBだったことだ。いわゆる「専務理事政策」である。

 業界には事業者団体という「○○協会」がある。その理事長や理事はたいてい業界の人が非常勤でつとめている。常勤の専務理事は、その業界の監督官庁からの天下りなのだ。産業政策をするときには、「専務理事」が業界と役所との連絡調整などで活躍するのである。

 役所としては、産業政策が有効でなくても、専務理事ポストさえ確保できればいいという印象を受けた。

 この筆者の経験は、次の経済学の分析とも一致していた。産業政策が有効でないのは、第一の理由として政府が有望産業を選べるほど賢くないのだ。

 ちょっと考えればわかるが、もし官僚が有望産業が本当にわかるのであれば、役所のあっせんなど受けないでその将来有望の業界に自ら転職する人が多いはずだ。しかし、官僚のほとんどは天下りあっせんを受けている。みなみに、新成長戦略は官僚の作文であるが、そこに転職する人がどれだけいるだろうか。

ずる賢い官僚は笑っている

 第二の理由は、産業政策に伴う利権を求めて民間企業がレントシーキング(特殊利益追求)を行うからだ。こうした活動は資源の浪費でしかない。

 産業政策では、税制上措置や補助金だけが恩典ではない。事業者団体はしばしばカルテル的行為の温床になっている。そうした競争制限的な行為も業者にとってはメリットとなる。一方、そこに、さきほどの「専務理事政策」が付けいる余地がでてくる。

 競争政策のない産業政策が、菅政権の新成長戦略の基本構図である。

 霞ヶ関が主導権を握って、さらに「専務理事政策」が堂々と行え、天下りもできるのだから、官僚はほくそ笑んでいるに違いない。官僚は賢くはないが、ずる賢い。

 最後に、成長にとって重要なマクロ経済の安定について見ておこう。

 いうまでもなく中央銀行によるインフレ目標が定番手法だ。マービン・キング・イングランド銀行総裁は、かつて筆者に「インフレ目標は企業家にとっての将来の不確実性を取り除き、イギリスの成長に貢献している」と語ってくれたことがある。しかし、それについては、まったく触れていない。

 新成長戦略で各省に市場規模や新規雇用の目標を持たせることは産業政策につながり好ましくない。そんなことよりも、日銀に対してはインフレ目標は工程表に入れさせるべきだ。不要な産業政策的目標があるが、マクロ経済安定に必要なインフレ目標がない、極めてちぐはぐな新成長戦略だ。

 その一方で、日銀は新貸出制度といって、個別産業に介入しようとしている。おそらく、成長そっちのけで、日銀を含め、官民あげてのレントシーキング合戦になるだろう。

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