中国
「新中国大使」着任前から北京で囁かれる「丹羽伝説」
「昼は吉野家でランチ」「チャイナスクールに大ナタ」

「日本の朱镕基がやってくる!」――日中国交正常化から38年にして、初めて外務省以外からの着任となる、丹羽宇一郎新駐中国大使(71歳)を巡って、北京では着任前から早くも、様々な「丹羽伝説」が飛び交っている。いくつか紹介すると――。

(1)日本大使館で粛清が始まる!?

 北京の日本大使館は、総勢200名以上が勤務する、ワシントンと並ぶ外務省の「2大在外拠点」である。

 これまで、「外務省チャイナスクールのドン」「傲岸不遜」などと日本のマスコミで散々叩かれてきた宮本雄二大使に代わって登場するのは、「3000億円負債」を抱えた伊藤忠商事を見事に再建した辣腕経営者。

 かつて90年代に朱镕基首相が、50あった中央官庁を29に減らす大胆な改革で、中国の官僚たちを震え上がらせたように、日本大使館ではいま、どんな大ナタが振るわれるのかと戦々兢々としている。

 特にこれまで「対中外交のエリート部隊」として君臨してきた政治部の権威が失墜し、代わって経済部が台頭するのではとの観測もなされている。

(2)大使の通勤は地下鉄!?

 丹羽氏と言えば、6年間の伊藤忠社長時代、「私にそんな贅沢は必要ない」と「リムジン通勤」を拒否し、地下鉄で青山の本社まで通い続けたことで有名。そこで今度は、日本大使公邸から日本大使館まで、地下鉄通勤を言い出すのではと、大使館スタッフたちは恐れている。

 「通勤問題」は、実は同盟国のアメリカでも、昨年8月に起こっている。中国大使に就任した中国通のハンツマン氏が、「自転車通勤したい」と言い出して、アメリカ大使館スタッフを困惑させたのだ。

 この時は結局、警備上の問題を理由に、自転車は早朝の散歩と休日だけにしてもらうことで落ち着いた。

 今回、もし丹羽大使が地下鉄通勤するなら、大使公邸の最寄り駅、亮馬橋駅まで徒歩5分。そこから昨年開通した地下鉄10号線に乗って国貿駅まで5駅。そこで1号線に乗り換えて、2つ目の建国門駅から大使館まで徒歩3分だ。

 だが朝の1号線のラッシュの凄まじさは、東京の地下鉄の比ではない。冷房もないまま、悪臭立ち込める車内で、怒号が飛び交い、まるでラグビーのスクラムを組んでいるような状態が続く。だから1号線は、体力に自信のある若者しか乗らない。これではいくら地下鉄慣れしている丹羽氏とはいえ、少々辛いかもしれない。

 ちなみに前任の宮本大使は、大使公邸があるのに大使館隣のセントレジスホテルを1年ほど公費で借り、わずか10mほどの距離を「リムジン通勤」していた。

(3)昼は吉野家でランチ!?

 これは、中国国営新華社通信が発行している時事週刊誌『環球』最新号が、「吉野家から来た中国大使」というタイトルで報じたものだ。記事の要旨は、以下の通り。

< 丹羽宇一郎は書店の息子として生まれ、無類の本好きで知られる。アメリカ生活9年で、改革の精神を身につけた。伊藤忠社長に就任後は、「自由」を重視し、新人、女性、外国人を積極的に登用した。これは閉鎖的かつ保守的な日本企業では前代未聞のことだ。

 そして何と、社長なのに地下鉄とバスを乗り継いで通勤し、昼は吉野家で食事していたのだ。そして「企業の一世代は6年」と公言し、6年間社長を務めて、きっぱり身を引いた。丹羽氏は中日貿易に精通しており、中国の観察能力にも優れ、外交官出身でないからと言って、何の不遜もないだろう・・・ >

 だが、吉野家好きの丹羽新大使には残念なことに、日本大使館は北京有数の一等地に位置しているため、庶民の食べ物である吉野家は、すぐ近くにはない。最寄りの吉野家は、大使館から2kmほど南へ下った北京駅店と、同じく2kmほど東に行った永安里店だ。

しかし、3km圏内には、国貿店、王府井店、藍島店と3軒ある。その気になればランチには行ける。

ちなみに北京の吉野家は、明るい店内にロックが流れる若者のデートスポットとして知られ、キムチとコーラを付けたセットメニューで食べるのが一般的。70歳代の丹羽氏が入店すれば、かなり目立つことは間違いない。

 総じて言えば、今回の丹羽氏の中国大使就任は、「民主党政権最大のヒット」ではないかと、私は考えている。特に以下の3点においてだ。

  第一に、丹羽氏は岡田外相や菅首相と直で話せるパイプを持っている。中国政府は北京に着任する大使を、非公式にだが、二通りに分けて考える傾向がある。その国の最高権力者と直で話せる大使と、そうでない大使である。

 昨年秋に鳩山首相が訪中した際に間近で見たが、前任の宮本大使は、明らかに岡田外相や鳩山首相と「個人的パイプ」が強いようには思えなかった。その点、丹羽氏は、岡田外相や菅首相から「三顧の礼」で迎えられただけあって、ここぞという時に直に話ができる。

 北京では前述のアメリカのハンツマン大使が、「トップと直で話せる大使」の典型だが、このような大使が着任すると、両国の外交はグンと引き締まるのだ。

「北京のドン」との太いパイプ

 第二に、日中間の懸案事項、特に東シナ海のガス田問題に関して、より自由な発想で両国が向かい合えるということだ。

 外務省出身者の場合、領土問題の法的な解釈は得意だが、「官僚的解釈の枠」を飛び越えた発想は出てきにくい。現在の東シナ海の問題は、中国は単純な領土問題と捉え、日本側は領土問題プラス経済問題と捉えている。

 つまり、日本側が日中共同開発を渋っているのは、「開発に参加して経営的に成り立つと考える企業が出てこない」ことが背景としてあるのだ。

 その点、大商社の経営者出身の丹羽氏に、大いに期待がかかるのである。特にこの問題は、任期があと3年を切った胡錦濤政権が、自分の代で解決したいという意向を強く示しているだけに、日本としては 積年の日中間のトゲを抜き去る絶好のチャンスなのである。

 第三に、伊藤忠時代に培った丹羽氏の広い中国人脈である。

 丹羽氏の中国人脈で一等先に思い浮かぶのは、劉淇・中国共産党中央委員会政治局委員兼北京市党委書記だ。胡錦濤主席と同い年で側近中の側近である劉淇氏は、「北京のドン」の異名を取り、2年前には北京オリンピックの責任者も務めた。丹羽氏はこの劉氏と、強いパイプを築いてきた。この丹羽―劉ラインが、日中外交に活かされるに違いない。

 言うまでもないことだが、特命全権大使は、その国の「貌」である。同じく企業経営者出身のハンツマン大使が就任して以降、米中外交は大いに盛り上がっている。丹羽新大使就任で、日中外交も盛り上がることを期待したい。

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