私があえて亀井静香前金融・郵政改革大臣の辞任を評価する理由
本当の政策論議を豊かにするために

 亀井の閣僚辞任問題は「政治」を考えるうえで格好の材料になる。「政局(あるいは権力維持)」と「政策」という切っても切れない政治の二つの要素をどう整理したらよいか、という問題である。

 これより先に、私はITジャーナリストの佐々木俊尚さんと先日、この『現代ビジネス』サイト上で対談した(新聞記者はなぜ権力のポチになるのか)。その際、ジャーナリズムにおける座標軸の問題が話題になった。

 亀井のケースをどう評価するかは、私が考える「報道・評論の座標軸問題」とも密接に絡んでいる。

 ニュース重視の本欄としては、やや旧聞に属する話かもしれないが、読者には政治や政治活動を報じる記事をどう受け止めたらよいか、重要なヒントになるように思うので、ここであらためて考えてみたい(私自身の頭の整理のためでもあるのだが)。

 亀井の辞任は次のような経過を辿った。

 鳩山由紀夫首相と小沢一郎民主党幹事長(いずれも当時)のダブル辞任を受けて、菅直人新政権が発足すると、各種世論調査で民主党や菅内閣への支持率が60%前後にまで急上昇した。

 これをみて、民主党内では「支持率が高いうちに参院選に踏み切るべきだ」という声が高まった。

 通常国会の会期を延長せず参院選になだれ込むと、国民新党が最重視していた郵政改革法案を審議・採決できず、廃案になってしまう。国民新党内部で議論が続いたが結局、亀井は閣僚を辞任するものの、国民新党は連立を離脱せず、同党の自見庄三郎幹事長(当時)が亀井の代わりに入閣した。

 こうした展開をどう評価すべきか、という問題である。

 国民新党の下地幹郎幹事長はテレビ番組で「亀井本人は閣僚辞任だけでなく、連立も離脱すべきという立場だった」と明かした。

 亀井は郵政改革法案が民主党との連立合意に反して廃案になった以上(政策を重視して)、連立も解消すべきだ(政局に連動)と考えていたのである。これは政策を政局に優先させる立場といえる。だが、国民新党としては政局を優先させて、亀井の辞任は認めたが連立を離脱しなかった。

「支持率が高いうちに選挙」を優先する民主党

 民主党の対応は亀井と正反対だった。

 なぜなら「支持率が高いうちなら選挙に勝てる(政局を重視)」ので「郵政改革法案の廃案はやむを得ない(政策に連動)」という判断であり、政局判断が政策に優先する立場であるからだ。

 亀井と国民新党の判断は一見矛盾していて、分かりにくいように見えるが「政策と政局のどちらを優先させるか」という座標軸で考えると、すっきり整理できる。民主党の行動も同様である。

 佐々木さんとの対談で、私は経済問題を報じるなら、たとえば「経済成長を重視するかどうか」、政治を分析するときには「民主主義の国家統治(ガバナンス)に照らして妥当かどうか」という観点が座標軸になると指摘した。

 経済成長を重視せずに「格差是正、所得配分の公正さこそが重要だ」という立場もありうるので、成長をどう評価するかが記事を書くうえでの座標軸になる。

 同様に、ガバナンスよりも「いまの権力が維持出来るかどうかが重要」というような(政治家まがいのような)記事の視点もありうるので、ガバナンス問題の評価が座標軸になりうる。軸を中心に据えて右か左かを問うことが可能になるのである。

 対談でも指摘したが、べつに「経済成長」や「ガバナンス」だけではなく、そうしたジャーナリズムの座標軸はたくさんあるはずだと思う。ただ、なにが座標軸になるのかをはっきりと意識させるような記事が少ないのである。

 先の「政局と政策問題」に戻ると、私自身は政治の重要な局面では、政策が政局に優先されるべきだと考えている。そうした立場からは、亀井の本来の立場(=閣僚を辞任し連立も離脱)が正しく、民主党の選挙優先は評価できない。最終的に連立維持を選んだ国民新党の判断についても、同じく評価できない。

 さらに言えば、民主党が郵政改革法案を(微修正したうえ)秋の臨時国会で再提出するなら、国民新党は連立を離脱して野党になったとしても堂々と賛成票を投じればいいと思う。そういう行動は政策優先の政党として首尾一貫していると評価できる。

 野党になったら賛成票を投じることができないと考えるほうが本来、おかしいのである。

 この問題は7月の参院選で与党と野党が衆参両院で逆転する「ねじれ状態」が生じると、2011年度予算案を審議する来年の通常国会で、政治の外部にいる読者やジャーナリストたちが観察するに値する重要なポイントになるかもしれない。

 つまり予算案は衆院の議決が優先して成立するが、税制改正法案や特例公債法案など予算関連法案は野党が多数になった参院で否決される可能性がある。6月4日付けのコラム(菅直人新政権は「政界再編準備内閣」になる』)でも述べたように、憲法の規定では、そのとき衆参の与野党が協議して法案を修正する道がある。

 ところが、現実には内閣が提出した予算案を修正する事態はほとんどない。

 予算案は財務省をはじめ霞が関の総意でつくられていて、与野党が国会での協議で修正しようとしても、政府=霞が関が憲法に定められた内閣の予算提出権を盾に抵抗するという構図になっているからだ。

 だが、これはおかしくないか。

 国権の最高機関は国会である。そうであるなら、国会が決めた話には本来、政府といえども、とことん抵抗はできないはずだ。それが政治主導でもある。

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