「沖縄式交渉術」が分からなければ菅直人政権でも「普天間問題」は解決しない

東京の政治エリートは楽観し過ぎている
佐藤 優 プロフィール
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 民主主義においては、多数派の立場が圧倒的に強い。現在も人口がわずか138万人に過ぎない沖縄は、民主主義制度の下では、常に負け続ける宿命下にある。そのような沖縄には独自の交渉術がある。

日本の国家統合が内側から崩れる日

 この交渉術を理解するために『小説琉球処分』は、特別の地位を占めている。袋小路に陥った普天間問題を解決するためのヒントがいくつも隠されている特別の小説なのだ。

 1879(明治12)年、警察と軍隊を引き連れ、松田道之処分官が、首里城明け渡しを強要し、尚泰王に上京を迫った。しかし、王の側近たちは、さまざまな遅延戦術をとる。その状況に直面した松田道之処分官の心境を大城氏はこう描写する。

< われながら、よくこれだけの根気を身につけたものだ、と松田はひそかに嘆じた。五年来、何十回あるいは何百回、琉球の高官どもと談判をした。根気くらべの談判であった。しかし、あの談判の相手には理屈があった。詭弁だらけとはいえ、理屈があった。

 縦横の詭弁と戦うのは苦労であったが、しかしそれなりに外交官としての張り合いもあった。ところが、この談判はどうだ。理屈ぬきに「九十日延期を。病気だから無理だ」とくる。はねかえしてもはねかえしても寄せてくる---卑小な蚊の群れにもたとえようか。

 発言する者は、代表的な二、三人。残りはだまって折ふし表情を変えるが、----よろしい、この根気どちらが折れるか・・・ >
(大城立裕『小説琉球処分』講談社、1968年、544頁)

 結局、松田処分官は、根気くらべに負け、警察力と軍事力で問題を解決した。このツケが、今日の普天間問題にまで及んでいるのだ。

 日本は大国だ。これに対して、琉球王国は小国だった。しかし、小国には小国の生き残りの論理と交渉術がある。沖縄県内への普天間飛行場の移設に関与する東京の政治エリートは、理屈抜きの「はねかえしてもはねかえしても寄せてくる」ような静かな抵抗を沖縄から受けるだろう。

 すでに、沖縄では最保守陣営に属し、東京の政治エリートとの諍いを極力回避する傾向の強い仲井真知事が、無意識のうちに、「はねかえしてもはねかえしても寄せてくる」ような抵抗を始めている。

 そして、その抵抗を繰り返すうちに、沖縄の人々の間に、かつて自らの国家であった琉球王国が存在し、それがヤマト(沖縄以外の日本)によって、力によって滅ぼされたという記憶がよみがえってくる。そうなると日本の国家統合が内側から崩れだす。

 その過程が始まっていることに気づいている東京の政治エリートがほとんどいないことが、現下日本の悲劇である。

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